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ほぼ漫画業界コラム32【ネーム・リライティングバイブル④】

「編集者はまずパンツを脱げ。」

編集長ちゃんが言った漫画業界で有名なはずの格言は、全く担当さんには響かず、むしろドン引きさせていた。このままでは単にセクハラ編集長として訴えられて僻地に飛ばされるでしょう。やばい、しっかり意味を理解させなくてはならない。

要するにこういう意味だ。漫画家と打ち合わせするということは、漫画家が持つあらゆる経験、思想、性癖、心の深部に湧き上がる衝動など、いわゆる本音を引き出し、それらを素材に創作活動に導かねばならない。その際に、編集者側が自分のことを隠したままだったら、漫画家も本音を言えるわけがない。だから、打ち合わせの際にまずは編集者が全てを曝け出して、漫画家に相対しろということを一言で説明するために「パンツを脱げ」という表現を使った格言が生まれたのだ。見た目は美少女であるが実年齢はアラフォーの編集長ちゃんは、若い頃この格言を聞いたときにしっくりきた。そして、それを意識して打ち合わせに臨むようになった。その結果、たくさんの成功体験を得た。そういう話だ。

だが、Z世代の担当さんには全く響かなかった。担当さんは呆れたように話し始めた。

「まあ、意味は分かりましたけど、それって人それぞれですよね。編集長ちゃんのやり方を押し付けるのはやめてほしいんですが。」

・・・君が聞いてきたから教えたのに。もっと簡単に言うしかない。一言で言えば。

「漫画家と対等な関係を築けってことよ。」

シンプルイズベスト。届くだろうか?

だが、担当さんの目の色は変わらない。漫画家にそっぽを向かれ、他社に企画を持ち出されたと思っている担当さんは、漫画家を、いや人を信じられなくなっていた。そしてその憎悪を編集長ちゃんにぶつけるように吐き出した。

「漫画家と対等なんて無理じゃないですか。てか、世の中は編集者に厳しくて、悪者になるのは編集者。漫画家は被害者みたいな図式ができてるじゃないですか!?」

何を言い出すんだろう。やだ、この子怖い。

「大体、こっちは単なるサラリーマンなんで、売れてる作家には逆らえませんよ。平気で締切破られるし、夜中や土日の連絡強要されるし…編集長ちゃん知ってます?僕ら土日や定時後の仕事を漫画家に強要されてるんです。それ分かって放置してますよね?それって労務管理の放棄じゃないですか?しかも上がって来た原稿も手抜きなんですよ。がっかりですよ。それだけじゃないですよ。昨日なんか朝5時まで原稿上がるのを待機させられたんですよ。そういや、先週の土日、〇〇先生のバーベキュー大会に呼ばれましたよ。俺、ずーーーーーっと肉を焼く係。先生は若い声優の女の子を侍らせて『おい担当さん君! 肉焼くの遅いよ!もっとどんどん持ってこい! あとビール足りないから買ってきて!』なんて言われて真夏にコンビニまでダッシュさせられたり。しかも経費は編集部持ち。『あ、あとで精算回すんで。承認お願いしますね。』って、そういうの放置しておいて漫画家と対等にとかパンツを脱げとか言われても説得力ないんですよ。」

ぷちりと切れた。編集長ちゃんは担当さんの言葉をこれ以上聞けなかった。

「っせんだよクソが!」

ポツポツ出社しはじめた編集者たちがみなこちらを見てる。担当さんは固まってる。編集長ちゃんは思った。もういい。パワハラだろうがセクハラだろうが、もうどうでもよくなった。こいつをこの場で論殺しようと決めた。

「ガタガタ言うんじゃねーよ。青二才が!そもそもお前が〇〇先生にこき使われたのは、お前が漫画家と対等な関係を築けてない証明じゃねーか。違うのかい?ああ?」

担当さんの顔は青ざめていた。実は編集長ちゃんは元ヤンだ。中学の時、少しだけグレていたことがあるのだ。

「わりーけど、どんなに忙しくてもアタシは、漫画家に締切を破られたことなんか一度もないね。20年近くやってきたけど一度も。土日に連絡だってほとんどない。きっちりスケジュール管理して、締切を守る大切さを漫画家と共有できればそんな事は起きないんだよ。それに私が担当してきた作家に、原稿に手を抜く奴なんか一人もいなかったよ。何でかわかるか?わかんねーだろうな。それはこっちも本気だからだよ。最高の作品を作るためにこっちも命かけてるんだよ。だからパンツだって何だって脱ぐんだよ!その覚悟が作家に伝われば、手を抜いた原稿なんか上がってくるわけがない。バーベキュー大会でパシリにされた?それはテメー個人が舐められてるからだ。漫画家が作品を生み出すのに本気でこの編集者が必要だと思ったら、漫画家も編集者を丁重に扱うよ。テメーがパシリにされたのは、それぐらいしかお前に価値がないって思われたからだ。もっと勉強しろ。知識を付けろ。もっと本気になれ。死ぬ気で作品制作に貢献しろ。そうすれば舐められない。対等な関係だ。商業漫画において作品ってのは子供なんだよ。漫画家が母親で、担当編集者が父親だ。母親と父親が対等に子育てするから良い子が育つんだよ!!」

編集長ちゃんはどかりとソファーに座った。もうどうにでもなれだ。


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