見出し画像

来世の婚約者

 父が死んだ。

 2019年11月。スーパーの生鮮食品売り場では歯がガチガチと音をたて震える程の寒がりな私が季節を感じなかった日に死んだ。

 親が亡くなるという現実は誰しも経験することであり、私もそのうちの一人で、ただ私にとって父はある意味[父親]ではなかった。私が幼少期は借金まみれだったし、折角購入した家も売却することになったし、免許更新の為に母から預かったお金をギャンブルか何かに使ってしまい、無免許状態のまま家族旅行で車を走らせてしまうし、途中で捕まって母は激怒だし、と、挙げたらキリがない。なのに私は、両親の離婚話が出た時、躊躇無く父と暮らしたいと思った(結局離婚はしていない)。正確には、父を一人にさせられないと幼いながら考えていたのだろう。

 小学生の時、私は毎日寝坊していた。だが、父の出勤時間と被るので、ほぼ毎日原チャで2ケツしながら登校した。それが朝の楽しみでもあった。中学生になると、彼氏が出来て、父と私と彼氏でお喋りすることもあった。帰りが遅くなった時も、私を叱る母に口裏合わせをしてくれた。高校生になって、年上の彼氏の煙草が私の通学バッグから出てきた時も、私の言い分をそのまま信じてくれて、学校に話をつけてくれた(結局部活行けなくて辛かったけど)。専門学生の時は、授業で使う教材やらなにやらが重すぎて、文句を言っていた私に「それは夢の重さだよ」なんて。そういうことをサラッと言ってしまうような人だった。私は毎日可愛いと言われ、夜遊びしようとすると、帰宅時間を聞くわけではなく、可愛いからナンパだけは気をつけてね、と言うだけだった。ここで一言だけ、私は特別可愛い女では無い。

 そんな父が本格的に身体を壊したのは、亡くなる3,4年前だったと思う。最初は仕事をセーブしたり、毎日飲まなければいけない薬を処方されたり、大好きなお酒も減らしたり、母も食事の塩分を気にし始めたり。今考えると長いようであっという間の数年間だった。特に最後の1年半は家族全員が辛かった。勿論、父が一番辛かったのは分かっている。母と姉が介護している中、私はお金を稼ぐことしか出来なかった。治療代だ。高額医療を使っても、返ってくるのは病院の窓口支払い後だし、意味がないと思った。こうして、年増のキャバ嬢誕生だ。細々と暮らし、キャバ嬢のくせに高いものは身に着けず、給料袋から諭吉を出し、10万円ずつ束にして¨お父さんポーチ¨に忍ばせる。私の楽しみだった。そしてもう一つ、家族を外食に連れていくこと。普段、塩分を気にしていたりする父と、それを作っている母、姉、家族達を御飯時ぐらい何も気にせずいてほしかった。それができるなら、吐く程お酒を飲んでも、酔ったじじいの相手も、嘘くさい愛も、掲示板に「死ね」と書かれても平気、だった。だと思っていた。お金が入った封筒、渡したとき、お母さんどんな気分だった?私はお父さんが好きだから、見返りなんて求めてないよ、お父さんが元気になるなら、ずっと二人で母に内緒で煙草吸えたら、馬鹿みたいな話できたら、私はどうなってもいいの、私の寿命が後50年なら、半分こして、あと25年間一緒に居よう。


 でもね、ごめんね、そんなこと上っ面だけだった。私は順調に身体も精神も崩れていってしまった。偽善者だったかもね、薬に頼る日々。刻まれる手首。そんな娘見てるほうが余計具合悪くなるだけだ。

 どうしてここまで父のことを愛しているのだろう。

 でもさ、お父さん、私に一つだけ嘘をついたよね。あの日、私がお父さんが死ぬ夢を見て、泣きながらお父さんに話したら、私の頭撫でながら「俺は死なないから大丈夫だよ」って。死んだじゃん、嘘つき。


 いよいよ、病室も変わり、記憶も話すことも曖昧になってきた頃。私は父と一緒にお昼ご飯を食べようと、父の好きな¨ゆかり¨のおにぎり、ピーマンとウインナーの炒め物、厚焼き卵作って病院に向かった。父も少し起きている様子だったので、ベッドに腰かけながら一言二言話した。

「私ね、来世で、お父さんと結婚するのが夢なの」

「そっかぁ、それは楽しみだなぁ」

 いつもの、大好きなお父さんの笑顔でそう答えてくれた。

 直後、私があげた¨ゆかり¨のおにぎりを苦いって凄い勢いで怒ったよね。こっちが苦笑いするしかなかったよ。



 ねぇ最後の会話、覚えてる?

 私とお父さんって、やったもん勝ちなところ、嘘つきなところ、けど本当は弱いところ、人当たりはいいのに、実は人間関係築くのが下手なところ、全部全部似てて、それがなんだか誇らしくて、DNA鑑定しなくても親子だって分かるよ。帰りが遅い私を怒らなくても、心の中では心配していたこと知ってるよ。

 来世の結婚記念日はいつにしようか。お父さんと私の誕生日近いから、真ん中の日にしようか。今世では、お父さん以上の男なんて見つからないみたい。私が死ぬその日まで、酒でも呑んでゆっくりしててよ。必ず待っててね。近いうちいくかもしれないし、もう少し待たせてしまうかも。

 だから、私がまだ息をしている間は私と心で繋がっていて。私の体が燃やされ、灰になるその日まで、私の大事なお父さんの最期の日、私と同じ世界線の大事な住人に刻んでもらうよ。きっと、お父さんと気が合うと思う。そうだ、私達が灰になったら三人で呑もう。あぁそうしたら、灰だらけ、だ。


 同じ苗字、一つ屋根の下に住んで、お父さんが唯一得意な素麺は、真夏限定にして。次は、私より先に死なないで、嘘をつかないで、私が夢で泣いていたら優しく頭を撫でて、帰りが遅かったら少し怒っていいよ。吸い殻は二人で順番こに片付けよう、多分私サボるけど。そこはなにも言わずやってね。

 早く、早く会いたいんだよ。




これは、来世の婚約者に向けた、ラブレター。届きますように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?