見出し画像

「もがく女の出版ヒストリー」平積みの夢を叶えるために~第2話


第2話:人には「文章にしなければ伝えられないこと」もある


彼は何も言わずにいなくなった。
消化不良の恋……。

わたしはその恋を上手に葬ることもできずオロオロしていた。
消したいのに消えない炎がブスブスと煙をたてる。

「なぜ突然私の前から消えたの?」
「どうすれば彼に会える?」
このままだと相手の職場に乗り込んでいってしまいそうな自分がいた。

もう一度、話をしたい。きちんとサヨナラを言われたい。
サヨナラを言ってちゃんと終わらせたい。
このままじゃ行き場のない“この想い”はあまりに可哀想ではないか。
成仏できない恋はあまりに気の毒ではないか。

やはり彼の会社に……?

いやいや、やはりそれはやっちゃアカンやつだろう。
何も告げずにわたしを突き放した彼を”思いやるゆとり”など
本当はないくせに、そこを訪ねて行くのは「マナー違反」だと思い直した。

そこで、職場には乗り込まず、張り込むことにした!
牛乳もアンパンもナシで。

彼の名刺を頼りに職場のある駅で待ち続けるという荒行を決行する。

だいたい17時位から終電まで、目を凝らして彼の姿を探す。
駅の構内では人混みで見失ってしまうと思い、階段の下の入り口でずっと張り込んでいた。

彼が何時に仕事を終えるのか、帰宅するのかそれすらわからないのに。

恐ろしいことに恋している人間には自分がストーカーになっていることに気づかない。

だが、この張り込みは寒さの厳しい2月にはふさわしくなかった。
ストーカー自体、どのシーズンでもふさわしくなどないが。

とにかくこの季節は身体にはこたえた。
靴下を重ねて履き、厚手のレギンスを履き、腰とお腹にカイロを貼りつけ、手袋をはめたけれど……。

アスファルトの足元からつたわる冷気、
ときには耳がちぎれそうになるくらい容赦ない風に襲われながら
歯をガチガチ震わせて何時間もその場所に立っていた。

日によっては雪が降ってくる夜さえもあった…。

「早く暖かいお風呂に浸かりたい。でも、もしここで辞めてしまったら?
もしかしたら10分後に彼が現れるかもしれない」と思いとどまり
その場を離れることが出来ない。

駅前でじっと相手を待つ姿はさながら渋谷の“忠犬ハチ公”
いや、忠犬ではなく恋愛の“負け犬”だ。

……幾日も待ち続けたアホな待ち伏せ女は風邪を引いた。

寝込んだわたしへの女友達からのお見舞いは優しい言葉などではなく
カウンターパンチ。

「いい加減に目を覚ましなよ。今の美佐子、チョ―カッコ悪いよ。みっともないったらありゃしない」
「もうやめな!そんな男のためにエネルギー使うのもったいないよ。もうやるだけのことやったじゃん」

布団の中にうずくまりながら自分のみっともなさに呆れて涙が溢れる。

せめてもう一度会いたかった。
会ってサヨナラしたかった。

しかし神サマは彼に会うチャンスを与えてはくれなかった。よほど会わせたくなかったのだろう。

結局、彼が突然わたしの前からいなくなったのはわからずじまい。
何ひとつとして問題解決はしなかったが、彼とのことは無理やり封じ込めるしかない。

飲み歩いた。
散々、飲んだ。とにかく飲んだ。いっぱいいっぱい飲んだ。
たぶん25メートルプールいっぱいぶんくらい。

泥酔して寝てしまうことでヤツのことを考えないようにしたかったのだ。

……そして数ヶ月。
すると彼に対しての好きという思いや未練より、怒りが募っていったのだ。

彼と自分への腹立たしさ。
お酒の力を借りてヤツを忘れようなんて
自分がダメダメ人間ということが露呈されただけだった

そしてここまでわたしをダメ人間にした彼……。

“想い”は新たな“思い”に変わっていく。
恋は死んでも違う種類の思いが芽生える。

許しがたい彼と許せない自分への怒り。
この負の感情のエネルギーをどこかに使えないかと考えた。

そうだ!惨めに終わったこの恋を紙にぶつけてみるのはどうだろう。
原稿に書き出してみるのはどうだろう。

わたしは全く使っていなかったパソコンを引っ張り出した。

だが「パソコンを使って原稿を書く」というのはどっぷりアナログなアダルト女にはキツイ作業だった。

毎晩パソコンに奮闘する日々。
男に振り回されただけでなく、機械に振り回されることとなるとはやれやれだ。振り回されると言っても単に操作をしらなかっただけだけれど。

夜な夜な“書く”という過程の中で、
わたしは自分の体験を振り返り、何度も回想し、それを原稿に綴りながらしっかり読者になっていた。

「だめだ!行くんじゃない!その男についていくんじゃない!」
「う~~ん、アンタは残念ながらセカンドだよ」
「この男、サイテー。この時点で人としてダメじゃん」
「アンタの頭、お花畑すぎるわ~こんな言葉を信じるなんて。アホ丸出し。ちょろい女やろ」
などなど、ぶつぶつツッコミを入れていた。

書いていると自分は観客にもなれたし、書くことで冷静になれた。
そのシーンを思い起こしながら文字を書いていると自然と男側の本心もみえてきた。

「このとき本当はこうだったんだ……」
今までとは違う視点から物を見ることもできる。

自分で“しでかしたこと”を書いているのに新たな発見できるとは。
しかも自分への反省あり、戒めあり、見下しあり、笑いありで、楽しんでいた。

なるほど、書くという行為はこんなにも素晴らしいことなんだ!!


そこで思い出した。遠い昔のことを……。

わたしは小学生のとき自分の気持ちをすなおに表現できない子供だった。親が厳しかったので常に顔色を伺っていた。口を開くと怒られるからだ。当然学校でも、先生やクラスメイトに自分の思いをうまく伝えることができない。

通信簿にはいつも「もっと積極的になりましょう。ちゃんと発言しましょう」と書かれた。

そんな友達のいないわたしにも唯一無二の親友がいた。

その親友の名前はチョビ。隣の家のおばさんが飼っていた犬だ。
毎日の通学路は隣の家の庭を通る。チョビは必ず私を見送り、そして迎えてくれた。庭の小屋からわたしの足音が近づくと「ワンワン、ワンワン」と一目散に尻尾を振りながら駆けつける。そんなチョビにはわたしの貴重なおやつを分けてあげることもあった。

だが、チョビは突然小屋から出てこなくなくなった……。

「チョビ、死んじゃったの」
隣のおばさんから告げられる。
熱い涙がどんどん溢れてきて、涙がこんなに止まらないことがあることを初めて知った。

そんな矢先、国語の授業で出された課題が「作文」
わたしはチョビがこの世から姿を消してしまった悲しみを、どこにもぶつけることのできなかった思いを、作文用紙に綴った。

「チョビへ」という題名のチョビとの思い出がつまった作文。
出来上がったその文章を、なんと先生がみんなの前で読み上げたのだ。

クラスメイトは、先生の朗読を黙って聞きながら熱心に頷き、最後は拍手に変わった。

チョビが死んだことも、泣いたことも誰にも言えなかった。でも口に出して言えないことを文にしたことで、思いを形にしたことで、人が耳や目を傾けてくれる。

そして自分が書いたものに共感してくれている。
うわ、文章ってすごいなぁ……。

その時まで話したこともないクラスメイトから声をかけられる。

「ねぇ、一緒にあそばない?」と。

引っ込み思案で、人に自分の気持ちを表現できずにいたわたしにとって
文章は“友達との距離を縮める魔法のツール”となった。

人には「文字にしないと表せない気持ち」があったり「文にしなければなかなか伝えられないこと」もある。

書きながらそんなことを思い出した。

大人になったいまでも文字にしないと
文章にしないと気づかないことがある。

自分の中に潜んでいた本音、隠されていた心の声、
そう表面ではカッコつけてただけ。

滑稽すぎて打ち消そうとしていたことさえ暴かれる。

書くことで己を知る、見つめ直すキッカケにもなるのだ。

……こうしてわたしの初めての作品、「失恋物語」が出来上がったのである。
書きだしてから一ヶ月は経ていなかった。

この書き上げたこの原稿、さてどうする?

<次へ続く> ↓ 第3話:出版社へ乗り込む



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?