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生まれたときからはじまっている「女のカースト制度」

女性なら一度はこう思ったことはないだろうか?

「あ~あ、可愛い子って得だよね」


なんか物事がままならないとき、こんなふうに言いたくなることはないだろうか?

「あ~あ、美人に生まれてたら、人生もっとラクだったのにな~」


美人としてこの世に生をうけた女性はともかく
それ以外として生まれてきたものに立ちはだかるのは
容貌による「女のカースト制度」である。

このカーストは自分の意思や努力ではどうしようもできない固定化されたものだ。女性にとって「オギャー」と生まれてきたときからついてまわる。

顔のつくりは整形でもしない限りはかわることなどない。
女性にはそんな生まれつきもっているものでの格差社会がある。

恋愛でも婚活でも可愛い女性は有利だ。
就活でも仕事でも可愛いから優遇されることもある。
職場で何かミスしても可愛いから許されることもある。

そんな女のカースト制度、わたしはその厳しさを子供の時にガッツリ体験している。

――幼稚園のときわたしはピアノを習い始めた。

そのピアノ教室にはじめてお稽古にいったとき、母親はピアノの先生に「……では、終わる頃にまたむかえにきます」とわたしを置いて家に帰っていった。

教室の待合室に幼稚園の同じ組の女の子が二人座っているのに驚く。

「あ、たか子ちゃん。あれヒトミちゃんも」

ビックリしているわたしに
「え?桃ちゃんも習いに来たの?わたしたちもう前からココにきてるよ」と先輩ヅラし
さらには
「ね~~っっっ♡」
と二人は顔を見合わせながら同時に声を合わせた。

その「ね~~」という相槌のサインはまさに新入りに対するマウンティングだ。

「……そ、そうだったの」
当時、自分の気持ちを素直に表現できず、消極的で暗かったわたしは黙り込む。

もし今だったら、
「え?なんで先に教えてくれなかったの?あんたら普段は『お友達だよね~』とかいってたくせに口だけじゃん!」とツッコミを入れてたかもだけど。

そのころのわたしは大人しく引き下がる子だった。

ただ自分からはじめて親に「弾いてみたい」と頼み込んで習わせてもらったこのピアノ教室は遠足なんかにいくよりも楽しみだったし、お稽古の日はワクワクした。

子供ながらにうちにはお金というものがないことには気がついていた。
だって新しい服というものを買ってもらったことがないから。
お洋服は必ずいとこのお姉ちゃんのお下がり。
当時の、そうthe・昭和ワードで言うと“お古”ってやつだ。

他の女の子たちはわたしなんかより可愛い服を身につけていた。
『あんなピンクのフリフリのブラウスとか、ふわふわっとしたワンピースとか着てみたい。イチゴやさくらんぼの刺しゅうやボンボンのついたハイソックスを履きたい……』
たか子ちゃんやヒトミちゃんの服装と自分の服を比べながらいつも思っていた。

「ね、お母さん~なんで桃子の服は茶色いお洋服や紺色のが多いの?みんなとは違うよ」(※お古の服は時代遅れでダサかった)
と母親に聞くと
「大人っぽくみえていいでしょ」
のたまった。

幼稚園児を大人っぽくみせる必要などないのに。

ま、母さんには他に答えようがなかったんだろう。

リボンやフリル、赤やピンク、お星さまに水玉、ギンガムチェック、キラキラしてるボタンやブローチ、可愛いものを身につけている、可愛いものを持っているだけでも“女の格”があがる。
子供ながらに、他の女の子たちにひけをとっていた桃子。ますます引っ込み思案のいじけむしになっていく。

でもピアノだけは負けなかった。

後から入ってきた新参者の桃子は彼女たちをすぐ追い抜いた。
まだ二人が赤いバイエルをやっていたにもかかわらず
黄色いバイエルへと進んだ。

一般的にはピアノの教科書は技量によって変わっていく。
赤いバイエル、黄色いバイエル、ブルグミュラー、ツェルニー、ソナチネ、ソナタ……こんなふうに。

そして小学3年生のときはその二人より真っ先にブルグミュラーに進んだ。

女子力では対抗すらできなくとも、ピアノだけはトップの座を走っていた。

そんなときだ。
学芸会というイベントで「ドレミの歌」を披露することになる。

学芸会というのは劇を披露することもあるがそのときは合唱に決まった。
その「ドレミの歌」のピアノの伴奏者を生徒の中から選ぶということを先生から告げられる。

わたしは嬉しかった。

だって
ピアノができる(習っている)のはたか子ちゃんとヒトミちゃんと桃子だからだ。

いつもは目立たない、クラスで存在感のない桃子でもそのときは大舞台にあがれるかもしれない!……わたしの胸は高まった。

先生は私達3人に「これを練習してきて」と譜面を渡し
「一週間後に音楽室のピアノで弾いてもらいます。一番よくできたひとをえらびます」
といった。

わたしはとにかく練習した。
ただ、貧乏な家は練習には不利だった。
ピアノが置いてあるのは家族で一緒に食事をする和室である。しかも夜はテーブルを端に立てかけそこに布団を敷いてねる。つまり”リビング兼寝室”なのだ。
自分の部屋を持たない子供はピアノの練習をするのは好きなときにというわけにはいかなかった。

そして伴奏者を選ぶ当日……。
先生をはじめクラスのみんなは音楽室に集まった。

音楽室のグランドピアノを前に心臓がドキドキした。それは緊張してるからだけではない。

年に一回、ピアノの発表会以外では触れない、触ることのできないグランドピアノ。

神聖なものに触れる喜びと特別感は普段※アップライトピアノをひいている人間にしかわからない。(※アップライトピアノは一般的な家庭にある壁の前に設置するピアノ)

ピアノの機能のことなど子供にはわからなくとも
外見上の大きさだけでなく、音の違いだってわかる。

3人でジャンケンして順番に弾くことになった。

すごくすごく緊張したけど
なんとかうまく弾ききった……はず。

先生は
「それでは多数決で決めます。みんな、誰がいいか手をあげて」
と黒板にチョークで3人の名前を書いた。

わたしは即座に嫌な予感がした。

『え?先生が選ぶんじゃないの?それって逆に不公平じゃない?』

「それではたか子さんがいいと思う人」
「それでは桃子さんがいいと思う人」
「それではヒトミさんがいいと思う人」

とわたしたちの名前を呼びあげみんなに聞く。

先生はクラスメイトの挙手を人差し指で数え、黒板に書いた。

「たか子さん✕28人」
「桃子さん✕3人」
「ヒトミさん✕7人」

……やっぱり。
予感が的中した。

たか子ちゃんはクラスの一番の人気者。性格は太陽みたいな明るい性格。顔は可愛くてアイドルなみだ。しかも運動神経は抜群。天は二物も三物も彼女に与えたのだ。
ヒトミちゃんのおうちはお金持ち。自分のお部屋も持ってるし、いつも素敵な服を着ている。すごい塾にも通ってるし、イケメンのお兄ちゃんがいる。
そんな周りから憧れを持たれている二人に太刀打ちできるわけがない。

ピアノのことがわからないみんなが、合唱での伴奏者を決めるのはおかしい。
多数決なんて不公平じゃないか。

この結果に納得がいくはずがない。

たか子ちゃんはみんなから
「おめでとう。よかったね」と声をかけられていた。
クラスで一番のいたずらっ子で、たか子ちゃんのことを大好きなのがダダ漏れの佐藤くんは
「俺、たか子ちゃんが一番うまいとおもったよ。うん」と褒め称えていた。

たか子ちゃんがチヤホヤされているのを横目でみながらわたしは音楽室を出た。

帰り道……学校の校門を出て、人の姿がみえなくなったとき
涙が溢れ出した。

弾きたかった!
学芸会の舞台でグランドピアノの前に座りスポットライトを浴びたかった。

なんで、なんで。
桃子が誰よりもまっさきにアラベスクを教わった。ブルグミュラーの最後の曲、貴婦人の乗馬だってもうピアノの先生からマルをもらったのに……。

涙を地面にこぼしながらの通学路は
いつもよりランドセルが重かった。

……その時からかピアノが嫌いになったわけじゃないけれど情熱は薄れていった。

自分の努力だけじゃどうにもならないことがあるということを知る。

しかも残念なのは努力の有無で惨敗したわけでなく
カースト制度でこうなったということが理不尽さに拍車をかけた。

下のものはずっとずっと、上には上がれないのか?
下の階級のままなのか。

みんなに平等にチャンスを。そして正しい努力をした人間を認めほしいと願わずにはいられない。子どもたちにはとくに、だ。

ーー大人になったわたしは風の便りで聞いた。

ドレミの歌の伴奏者に選ばれた人気者のたか子ちゃんは私立の名門女子校に進み、大学を出て結婚をした。しかし旦那さんとうまくいかず離婚。
そのあと、定職につかない年下のダメ男と一緒に暮らしていてなんでも夜の仕事をしながら貢いでるらしい。

男には苦労しないと思われたモテ女のたか子ちゃんは
いまは男で苦労してるのか。

「たか子ちゃん、あなたの努力で男を変えることはできないよ。努力した分だけ、尽くした分だけ愛されるってわけじゃないんだよ」

ああ、人生って相殺されているのか。
神様が帳尻合わせ、おあいこにしてくれてるのか。

女は年齢を重ねると
関わるオトコ次第で女のカースト制度も変わることもある。

神崎桃子

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