嘘つき side A

「ウソツキって鳥、知ってる?木を長いくちばしでつついて食べ物を取るの」

「それはキツツキでしょ」

「違うんだって、ウソツキ。そういう鳥なんだよ」

何を言ってるんだと、今日も俺は呆れ顔をする。向かいに座ってる男は飄々とした態度で、面白くないダジャレにしては自信ありげな表情だ。
こいつは小学校からの幼馴染だ。明るいポーカーフェイスで、冗談や嘘が上手い。このくだらない話だって、彼が言うもんだから本当のように聞こえてくるから怖い。

俺たちは中学高校、偶然にも大学と就職した会社まで一緒で、仲良くならないわけがなかった。外面はよくしているが実は根暗な俺と違って、この男はいつも明るくて悩みを吐くところなんて一度も見たことがない。異性関係にも奔放で、しかし泣かせた女もいないとくれば、一体何が彼を苦しませるのだろうか。多分世の中に敵はいないんじゃないかとさえ考えられる。

「なあ、お前さ、」

「俺、プロポーズしたんだよ」

は?話を振りかけた口が止まる。面と向かう表情が歪んだ。なんだ、こいつ、こんな顔もするんだ。十数年間一緒にいて、初めてみた表情に俺は困惑した。それよりも、

「プロポーズって、お前結婚するの?」

「まあ待て、この話には続きがあってさ」

神妙な面持ちの相手に何かあったんだな、と俺は久しぶりにこいつの話に興味がわいた。

「プロポーズしたんだけど、断られたんだ。ごめんって謝られた。仕事で海外に行くんだと。あっちで仕事するから、いつ帰ってこれるかわかんなくて、俺と別れるつもりだったらしいんだ。その話をしようと思ってたから、俺に結婚しようって言われて、彼女、泣いちゃってさ」

なんの冗談かと思った。つい携帯で日づけを確認してしまった。エイプリルフールでも何でもない、いつもの嘘でもない。本気の、本当の話だった。

「...それで、彼女とは?」

「ああ。別れる。彼女のこと応援したいし。急だけど明後日の午後の便で行くんだってさ。見送りには行かない。また泣かせるから」

それでいいのかと、言いかけたがやめた。

「女の子、泣かせたの初めてなんだよ。どうすればいいかわかんなくてさ。なんでかな、うまく生きてきたつもりだったんだけどな」

片手で目を覆った彼の、言葉にならない思いが滲み出るように、声は弱かった。

きっとこいつは自分が傷つかないように、誰も傷つけなかったんだろう。少しくらい、俺に見せてくれても良かったのに。こうなるまで、俺は気付けなかった。この男の弱さに。

「...なあ、まだ間に合うんじゃないか。諦めるのは早いと思う。彼女を愛してるんだろ?」

「間に合うと思うか?明後日の午後には、海の向こうだぜ?」

「思うね。だってお前は、」

“嘘が上手いんだから”

目から手を離した相手がこちらを見ている。そして弱々しく苦笑いを漏らす。

「そう、だよな。はは、俺もう少し、諦めなくていいかな」

肯定の意味で大きく頷く。

「また、お前に助けられたよ。」

何を言ってるんだ、助けた覚えなんて一度も。けれど少しだけ、笑みが漏れる。こいつからそんな言葉が聞けるとは。

「あー、うまくやれる知恵をつけれたらな、キツツキみたいに」

「...やっぱりキツツキじゃねえかよ」

ウソツキという鳥は、また元のように、冗談を言って。俺は元のように、彼のくだらない嘘に笑った。

#小説 #短編小説 #嘘

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