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200506 授業参観の呪いの話。


強烈に頭に焼き付いて離れない一言に苦しみ続けるというのがある。
私はそれを呪いと呼んでいる。

とても真面目でおとなしく、先生の言うことをよく聞くクラスだった。授業中に席を立つことも無ければ昼寝をすることも無く、大怪我も大喧嘩も大事故もめったに起こることのない温室のようなところだったのだけど、それと比較すれば少々やんちゃな男の子がいた。
勉強がちょっと出来なくて、字が汚くて、先生によく質問をして、たまに怪我をして、「たまにおバカが発揮されるが愛されるムードメーカー」的な立ち位置だったK君。

私は当時K君が苦手で仕方なかったけど、ある授業参観で理由がわかった。当時はその理由を言語化することが出来なくてもどかしかったのを覚えている。

先生の顔も思い出せないけど、小学校中学年のころだったと思う。
土曜日の昼前の時間、図画工作の授業参観があった。
「画用紙にできるだけたくさんの色を使って丸を描いて、自分だけのカラーパレットを作りましょう」という内容だった。

楽勝だった。
コツは、(1)色でできた丸の大きさをそろえること(2)同じような色は並べずに散らばらせること(3)絵の具の色をいくつかそのまま置いてしまうこと(4)それらの意図が見えないようにうまく紛れ込ませること だ。
それぞれの理由をあげておく。
(1)整頓されているほうが見栄えがいいから(2)色数が多く見えるから(3)チューブから出した色が一番鮮やかなので、いくつか置いておくだけで画面が鮮やかに見えるから(4)意図を隠すことであたかも「たまたま上手」かのように演出できるから。

いわゆる子供らしさの無い、面白味の無い発想で私は画用紙を埋めていく。

対して隣の席のK君は、元気よく大きい筆でたくさんの色を混ぜていく。
なんだろう、すべてが裏目に出る。
大きい筆がたくさんの水分を含む。画用紙が水を吸ってぶよぶよと膨らんでいく。吸いきれなかった水分が画面の上を走って逃げる。混ぜれば混ぜるほど黒に近づいていく。隣の色と混ざる。洗うほど筆洗の水が濁っていく。画用紙は不揃いなグレーで埋められていく。K君が元気よく混ぜるほど、K君の思う通りの色にならず元気がなくなっていく。

背後でK君の母親と私の母親が話をしている。
「もーうちの子の画用紙見て!きったない色しかないやん!へたくそやなー!蓮ちゃんのはめっちゃきれいやん!」
「いやーそんなことないよー」

それを聞いて、K君は私の画用紙をのぞき込み「すごいな、きれいやな」といったあと、ちょっと落ち込んだ様子で、でも振り返って大きい声で母親に向かって「もーうるさいなー!」と笑って、強がって見せた。

許せなかった。
反吐が出る。
何も言わずに今すぐこの場から逃げ出したいと思った。
場を構成する要素のすべてが醜いと思った。

自分は「わかって」塗っている。
汚い色なんてこの世に存在しない。
水が濁っているから彩度の高い色が出来ないんだ。
自分の息子を貶める発言をするな。
調子に乗らず筆を選べ。
子供は大人の思う以上に大人の発言を聞いている。
謙遜は本人にしか許されないことであって親が言うな。
下手だと思うなら下手と言う前に解決策を提示しろ。
がんばっている人間を馬鹿にするな。
悲しい時に強がって笑うな。
全部が一気に全身を駆け抜けた。


授業の最後に、よかった作品を貼り出して褒める時間があったけれど、私の画用紙を奪うのは本当にやめてほしかった。私のはいいです、という私の言葉は、先生の「こんなにきれいなんだから」という一言であっけなく無視された。

授業中、私は決して振り返らなかったけれど、後ろでまた声がする。
「ほらやっぱり色数も多くてきれい!」
「まあほら、普段から家でもお絵かきばっかりしてるから」
「またまた、才能があるからでしょ。それに比べてうちの子は…」
握りしめた指先まで血がだくだくと巡っていた。
絶対に許さない。
前をじっと向いたまま静かに怒りを耕す。
なぜ我が子を貶めて平気で笑っていられるんだ。
なぜ個人である子供を比べて批評できるんだ。
なぜ誇らしげな声を出せるんだ。
家ではあんなに、絵を描くなら向こうで描けと言うくせに。クーピーやクレヨンをクサいから嫌いだと言って、画用紙を広げる私を冷めた目で見るくせに。

お前たちを絶対に許さない。


憎しみで表情を失う私と対照的に、K君はいつも笑っていた。

先生に「これもわからんのか」とふざけた風に怒られるときも、周りがちょっと小馬鹿にして笑う時も、いつもK君は困ったみたいに笑う。きっと普段から親や先生や周りの人間に「あほやなあ」と言われてきたんだろう。

関西における「あほやなあ」には、「ダメな子だけど可愛い、愛しい」という意味が含まれることもあるけれど、常日ごろから愛していることを馬鹿にする言葉で表しているとすれば、もはやそれはただの呪いの言葉だ。と思う。

そういえば「馬鹿かよ」「あほやな」「くだらん」などと言ったり、頭を叩いたり小突いたりするコミュニケーションを憎んでいるな。
憎んでいるは言い過ぎにしても、私はしないぞと決めている。そういったコミュニケーションがあることそのものに文句はない。それができる人達のコミュニティがあることは理解しているが、私に対してそれをするなら双方向の意思疎通は出来ないと思ってくれ、と表明している。
好きな人には、好きと言いたいし、素晴らしいと言いたいし、愛してると言いたいし、ありがとうと言いたい。


これらは完全に私の主観なので、私が勝手に憤っていただけで、K君は特に何にもとらわれず愛されていたのかもしれない。もしかするとK君の母親も、K君の晴れ舞台に緊張していただけで、普段はK君のことを甘やかしたり叱ったりして良好な関係を築いていたのかもしれない。

けれど私はあのとき、彼女らの言葉に間違いなく呪われた。
悲しかったし無力感を感じた。
当時は言葉にできなかった感情で溺れそうになっていた。
愛やこっぱずかしさという名目で塗装された暴力に苛まれた。
登場した誰にも、一生この感情を伝える気はないし、伝える機会もない。

もうK君も26歳になっていると思うので、いつまでも呪いの言葉にとらわれている私と違い幸せに生きていてほしいと、これまた勝手に願っている。


あの時の私の呪いが、走馬灯までに成仏しますように。

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