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時を超える色鉛筆

妹からLINEが届いた。自分で言うのもなんだけれど、一つ年下の彼女とは双子のように育ったため仲がいい。毎日連絡を取り合っている。

「ちょっと! この色鉛筆、憶えてる?!」

変換ミスのあるリンクつきメッセージが、彼女の興奮を伝えていた。そこに現れた商品ページを見て、わたしは「あー!」と声をあげた。

トンボ鉛筆の「色辞典(IROJITEN)」だった。

これはわたしたち姉妹が小学生か中学生の頃、父に買ってもらったのと同じものだ。ブック型のパッケージは記憶のなかのものとほぼ同じだし、端に色がのった鉛筆本体のデザインもほとんど変わっていないように思う。

「これ! わたしたちの宝物だったよね!!」

アラフォーの姉妹が離れた場所で二人、鼻の穴を膨らませている様子はさぞおかしかったに違いない。それくらい、懐かしさのあまり興奮した。ほんとうに、宝物として大切にしていた色鉛筆だった。

色のバリエーションはトータルで100色。自然界にあるものの色を再現してあるとかで、一般的な12色の色鉛筆にはないニュアンスカラーやくすみ色が含まれている。「川蝉色かわせみいろ」「薄浅葱うすあさぎ」など、それぞれの色につけられた名前も美しい。箱も抑えた色合いでおしゃれだ。なんて尊い……!

わたしたちはこれを本棚にしまい、ときどき出しては眺め、たまに絵を描くのに使い、また本棚に戻す……という行動を繰り返した。大切に、ひそかに使いたい色鉛筆だった。とくに、スポーツ万能な妹と違って内向的でネクラだったわたしは、この手の品をひっそりと愛でる傾向があった。

父はごくふつうのサラリーマンだったけれど、実は多趣味な人だ。昔は読書家で、出かけるときはいつもセカンドバッグに文庫本を突っこんでいた。ネクタイピンを自作するのに凝ってみたり、陶芸をやってみたりと、興味の赴くままいろいろなことに手を出す。

そうした趣味の一つとして色鉛筆で絵を描いていた父は、娘たちにも「色辞典」を買ってくれた。母は「子どもにそんな立派なものを……?」とぶつぶつ言っていたらしいけれど、それが父である。

妹は、息子くんに「お母さんはどんな色鉛筆つかってたの?」と聞かれて、はっと思い出したそうだ。そして、懐かしさからわたしにもLINEを寄越した。

「この色鉛筆、今もあるんやね! 好きすぎるわー! 欲しいわー!」

姉妹で昔話に花を咲かせた。あの色鉛筆は、5年前に実家を取り壊すときまで本棚に残っていたと母から聞いている。ずいぶんちびてはいたけれど、それまでとてもじゃないけれど捨てられなかった。

約30年の時を超え、ふたたび出会えた大好きな色鉛筆。長いことわたしの心を支えてくれた愛しの色鉛筆。今、ものすごく欲しくなっている。

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