枇杷の季節、母はちょっと泣く
スーパーマーケットで見かけて、あわてたものがある。
枇杷だ。
たしか、枇杷の旬は5月から6月だったように思う。先ほどネットで検索してみても、ハウスものは5月に出荷のピークを、露地なりのものも5月下旬から6月に最盛期を迎えると書いてあった。
あっ、気づけばもう6月下旬に入ろうとしている。今年も枇杷を食べなくては!
枇杷はわたしの大好物だ。「お腹がはち切れるまで食べたい果物ナンバーワンを決めよ」と命令されたら、迷わず枇杷を選ぶ。
幼い頃、枇杷の木がある近所のお宅が羨ましくて、指をくわえて見上げたことを思い出す。物欲しそうな子どもを不憫に思ったのか、そのお宅の上品な老婦人が実を四つ、くださった。おいしかったなあ。
懐かしさを噛みしめながら、買い物かごに枇杷の六つ入りパックを収め、レジへと運んだ。お会計を済ませるあいだ、心はほくほく。枇杷だよ、枇杷。初夏にだけ味わえるわたしの宝物。
我が家の双子の娘たち(6歳)は、まだ枇杷を食べたことがない。意地汚いわたしがひとりじめしたわけではなくて、去年までは彼女たちが食べようとしなかったのだ。あまり派手とは言えない見た目に尻込みしたのかもしれない。
今年はどうだろう、と食卓に枇杷を出してみると、彼女たちはあっさりとかぶりつき、そのおいしさに歓喜していた。口のまわりを果汁でべとべとにしながら、しっかりと種の近くの果肉までこそげた彼女たちは叫んだ。
「もう一個食べる!」
えー、食べちゃうの。そんなことなら、もっと買っておけばよかった。と言っても、六つで1000円近かった。そうそう大量買いのできるお値段ではない。
「ママも一つ、食べるんやからね」
わたしはそう言って一つを確保した。やっぱりおいしい。果肉はみずみずしく、優しくさわやかな甘みがあって、果汁は喉をじゅるりと通って。あー、これこれ。
あと一つは夫のぶん。遅くに帰宅する彼にも、旬を味わってほしい。こっそり横によけておいた。
娘たちはもっと食べたいとぶーぶー言いつつも、はじめての果物を大いに満喫したようだ。「はじめて枇杷を食べたよって、明日先生に言おう!」と話し合っている。うん、旬が過ぎる前に、もう一度買ってこよう。
彼女たちに「はじめての食べもの」を見せ、食べさせる機会はこれからまだまだあるだろう。
食べさせたいものはたくさんある。果物だけでなく、ため息が出るほど繊細な料理やスイーツを味わう場にも連れて行ってあげたい。
「これからは自分で新しいものを食べに行こう」と娘たちが思う頃、きっと子育てが終わる。わたし自身もいつのまにか、近所の枇杷の木を羨ましげに見上げることがなくなった。自分で枇杷を買えるようになったし、あのお宅は取り壊されてとっくにない。
お皿にころんと残った枇杷の種を生ゴミ入れに放りこむとき、ちょっとだけ寂しくなった。
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