知らない世界を泳いでいくかもしれないあなたへ
「ママ、わたしさ、サントメ・プリンシペに行きたい」
先日、長女(7歳)の口から飛び出した言葉だ。彼女は地図や国旗の本が好きで、暇さえあれば読んだり、じっくり眺めて図柄を写しとったりしている。
彼女のなかでブームとなっているのが「国旗の旅」だ。
まず、世界の国旗を紹介する本のなかから、美しいと感じるものをいくつかピックアップする。カナダがいいと思うときもあれば、複雑なトルクメニスタンの国旗が素晴らしいと感じるときもあるらしい。
そして、ピックアップした国旗の国々を地球儀上で行き来して、世界旅行をした気分になってみるのだ。
日本を発ち、独特のかたちが素敵な国旗のネパールへ。次に、水色とホワイトのバイカラーが目をひくおしゃれなサンマリノへ。ちょっと戻って、横三色が印象的なインドに到着。
長女の指先は地球儀の表面を滑り、自由に、軽やかに旅をする。
こういう遊びをする過程で彼女は、サントメ・プリンシペという国が存在することを知ったのだ。サントメ・プリンシペは大西洋上にある島々からなる島国ながら、位置関係によって中部アフリカの一つに数えられる。
「サントメ・プリンシペ?! なにしに行きたいの?」
思わずわたしは尋ねてしまった。日本から遠く離れたその国がどんな文化で、どんな特色を持っているのかについて、恥ずかしながらなにも知らなかった。
長女は妙に堂々と、胸を張った。小鼻がぷくりと膨らんでいる。意欲に燃えている証拠だ。
「なにがあるか、知らんねん。でも、長女ちゃんがサントメ・プリンシペをなんも知らんってことをわかりに行きたいの」
わたしはなんだか、くらくらした。えーと、昔のえらい人が言った「無知の知」でしょうかね、と頭のなかで考えが渦巻いた。いちおう大学時代には哲学を学んでいたから、わたしだってその程度は知っている。
浅学な母が思うに、長女は今、世界の国旗や地球儀と向き合うことで、自分の小ささを認識しているのかもしれない。「なんかよくわからん、自分の知らない国々がこの世にはたくさんある」という現実を掴みつつあるのではないだろうか。
幼い頃のわたしが、ふと電車のなかを見渡し、数えきれないほどの乗客の顔がそれぞれ違う事実に気づいたときのことを思い出した。この世にはおそろしいほど多くの人生があると、ぼんやりと知った瞬間だった。
自分には把握しきれないほど世界は広く、自分自身は自覚しているよりずっと小さい。そう思ったとき、人生が動いたような気がしたのを憶えている。そして、より多くのことを知っていきたいと願った。
あの頃からわたしは本を読むのが好きで、読み続けてきた。本はいつも新しい世界を開いてくれるような気がしたからだ。
だから、長女が自分の「知らなさ」を掴んだのなら、「知っていくこと」を応援したい。かといって、親ができることなんてそんなにないのだろうから、探究心を邪魔せず、見守る母親でいたいなあ、と思うのだ。