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本屋の傘立て

ずっと探していた。傘立て。かっこいいものを販売している店に足を運び、地元のホームセンターにも足を運び、ネットで調べ、SNSに出てきた広告に飛びつき、それでも直感的に”これだ”と思えるものには出会えなかった。

普通の傘立てはデザインされている。それぞれに個性があり、商品の売り場で目立つようにつくられている。お客さんから選んでもらえるように。個性がない傘立てに商品価値はないともいえる。

でも、本屋で一番目立たせたいものは「本」だ。

本も紙や形、大きさ、色、カバーデザイン、帯の文字…一冊ずつデザインされている。大きかったり、小さかったり、主張が強かったり、素朴だったり、優しかったり、存在がトゲトゲだったり。それぞれが異なる主張をしている。

本の中で、そっと佇む本もある。わかりやすい主張をしない本もある。

雨の日。扉を開けて真っ先に見る傘立てがデザインされていると、何気なく傘立てのデザインが本屋のデザインの基準になってしまうかもしれない。それはきっと無意識に行われる。
デザインされた傘立てを基準にすると、一見して主張しない本がちっぽけに見えかねない。本質はそこではないところにあったとしても。

だから、入ってできるだけ本に意識がいくような、黒子に徹する傘立てがほしかった。

オープンから2年以上ずっと黒いプラスチック鉢を傘立てに使ってきたけれど、実際使いにくかった。主張はしないのだけれど、直径に対して高さが低く、長い傘を入れると傘が倒れる。本末転倒な傘立てだった。(実際には植木鉢だけれど…)

結果、傘立てとして選んだものは排水管だった。下水管として地中に埋められる塩化ビニル管。

直径200mm。略称はVU200。地中に埋められても腐食せず、水質の影響も受けにくい。傘立てに使うだけなので、地中にも埋めないし、水質は雨水だけ。絶対にそこまでの性能はいらないのだけれど。耐水性は折り紙付き。
弱点があるとすれば紫外線には弱い点だけれど、建物の中に置くので問題はない。

埋められる管にデザインはなく筒だ。何の変哲もない筒。普通の筒。ただの筒。誰もが見たことのある灰色。ここは工事現場かな…と思うくらいに。

管は肉厚で自立する。重量もそこそこあり、傘が何本入れられても倒れることはない。

そんなこんなで、今日から本屋の傘立ては排水管となりました。

デザインを足さない。足していいのは本だけ。

何かを模したデザイン、尖ったデザイン、シンプルそうに見えて排他的なデザイン。わかりやすくデザインされたものは主張する。それ以外を目立たせるためには、それを超える主張が必要になり、さらにそれを超えるために……とキリがない。足し算のデザイン。

デザインが足されていくと主張が折り重なって空間に圧ができる。自分はそれが窮屈というか息苦しい。

本屋自体は古い家で、天井に見えるのは2階の床板(畳下板)や梁、下屋部分の野地板や垂木。違和感を感じない昔から見慣れた空間と空気感。床はコンクリートと杉板で、これも見慣れたもの。壁はグレーのつや消し塗装で、視覚的な圧迫が少なめだと思う。

本が置かれているテーブルと本棚は少しデザインされたもので、デザインされた本とデザインされていない建物の間を埋める、緩衝材のような感覚と捉えている。

そんなセオリーで空間をまとめているので、傘立てもセオリーどおりにデザインされていないものを選んだつもり。(本当は底のキャップを取りたいけれど、ないと雨水が床に広がるので、仕方なく……)排水管ですが新品で汚くはないです…

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