2015年の作文・1月
1月1日
◇風の歌
風よ
私はしばらくお前を歌わなかった
だが私は知っている
大気圏の向うから
星たちの香りを届けてくれるのが誰なのかを
死せる詩人たちの声を
私の耳元にささやいてくれるのが誰なのかを
そして今夜
私の瞼に優しく触れてくれたのが誰なのかを
風よ
おお
風よ
1月2日
◇街を歩いていて
アルコールは体中をめぐって
夜中の街を歩いた
歩いて
歩いて
歩いた
だが
人生にメロディは流れていなかった
世界に物語はなかった
街のリズムは一定ではない
誰も主人公ではない
どこにも演出はない
みなカオスに支配されていた
リアルは案外味気ない
それだのに
どうしてツタヤにはCDがいっぱいあって
ブックオフには書籍がたくさん並んでいるのか
人は曲を聴きたがる
人は物語を読みたがる
ぜんぶぜんぶ麻薬のように
人の眼をリアルから背けさせる
ぼくは新書のコーナーで30分
次いで文庫のコーナーで30分
ただ背表紙を眺めて過ごした
まもなく閉店ですというアナウンスに追われて店を出て
再びふらふらと夜中の街を歩いた
やっぱりどこにも物語はなかった
口笛を吹いてみた
聴いたこともないメロディーが流れた
1月3日
◇地底人の生活
深い夜のことだ
ぼくはハンドルをにぎり
いつものように
街の明かりから明かりへと車を走らせた
地上が冷えすぎて
マンホールからは湯気が立ちのぼっていた
地底では晩餐会が開かれている
地底人たちはあたたかいスープを囲んで
楽しいおしゃべりを楽しむ
「冬が好きだ」
「私も好き」
「冬は息がよく見える」
「よく見えるから楽しい」
「息は遠くまで伸びる」
「そして高く舞い上がる」
「息には夢が詰まっている」
「その夢が世界に広がる」
「僕の夢は地底と地上が融合し平和な世界を実現すること」
「私の夢は地底と天空が和解して地上に楽園をつくること」
「いいね」
「いいわね」
マンホールからの湯気は
そんな地底人たちの生活の匂いまで運んでいた
1月4日
◇1月4日が日曜であることについて
夜明け前に空を見上げると月がまるく輝いていた
三箇日は24時間×3で過ぎ去ったので私は仕事を始めた
市民の多くは1月最初の日曜日を迎えていたのでまだ眠りの中にいた
静かだったので少し嬉しかった
大きな事は起こらないほうがいい
小さな刺激がたんたんと積み重なってくれればいい
家族も友達もそうして満足してくれたらいい
言い争い
と
暴力
と
いじけること
と
すねること
と
ごうまん
と
うぬぼれ
が
消えて
日曜日ごとに笑顔で前に進むことが許されたならとってもいい
1月4日が日曜であることで私が考えたことはそういうことだ
1月5日
◇すったもんだ
「すったもんだ」という言葉がひと頃流行したことがあるらしい。ぼくが云うのは1994年に宮沢りえがCMで云った「すったもんだがありました」のことではない。もちろんこちらの方も流行語大賞となったわけだが、それよりもっと前に、宝田明の「美貌の都」という歌の中に出てくるのだ。
すったもんだと 言ったとて
嫌いは嫌い 好きは好き
好いて好かれた 二人なら
いっしょになろうよ 短いいのち
これは昭和32年公開の日本映画『美貌の都』の主題歌で、作詞は西條八十である。この出だしの「すったもんだと言ったとて」が人の耳に残ったのだ。
ところでこの「すったもんだ」はどこから来たのか。辞書を見ると、漢字は「擦った」と「揉んだ」になっている。甲州弁だとする説もある。
しかしぼくは、「吸った」「揉んだ」の方が良いのではないかと思った。これは煙草を吸って灰皿の上で揉み消す一連の動作なのではないかと考えたのだ。会議室のなかで議論が紛糾した時にあちこちで吸ったり揉んだりが繰り返されている。そういう光景がかつてたくさんあった筈である。
まてよ。そうすると「擦った」でもいいのか。マッチを擦る。煙草に火をつけて吸う。そして揉み消す。こちらの動作でも同じことが云えるのだから。これが「すったもんだ」の煙草説である。
もうひとつ連想できる行為がある。吸ったり揉んだりするもの……。そうだ、オッパイである。もしもこちらが語源だったとしたら、男と女の揉め事から来ていることになるな。
「すったもんだ」という言葉を最初に使った人が何を意味していたのか、今になっては知るすべはないが、オッパイ説もなかなか捨てがたいのである。
すったもんだ
の挙げ句
いったい何が起こったのか
……
想像におまかせ致します
1月6日
◇きょう図書館で借りた本
ぼくが今日図書館で借りた本
1.中原中也『中原中也全詩集』角川ソフィア文庫
2.『ランボオ詩集』(中原中也訳)岩波文庫
3.大岡昇平『中原中也』講談社文芸文庫
4.『小林秀雄全作品集10 中原中也』新潮社
5.青木健『中原中也─盲目の秋』河出書房新社
6.青木健『中原中也─永訣の秋』河出書房新社
ぼくが昨年の12月から読んでいる本
1.佐々木幹郎『中原中也 近代日本詩人選16』筑摩書房
ぼくが20年前に園芸店で働いていた頃に買った本
1.『中原中也詩集』角川文庫
2.小林秀雄『考えるヒント4』文春文庫
ぼくがこれから調べようとしていることは「汚れつちまつた悲しみに」を「汚れちまった悲しみに」と読む人がいるのはなぜなのかということ。中原中也は実際にどう読んだのか。「つ」の一字は誤植だったのか、それともオリジナルか。小林秀雄の引用が「汚れちまつた」になっているのは本人の意図があってのことか、それとも誤植か。「つ」という一字をめぐって思索の旅に出よう。
1月7日
◇リンダ
りんりんリンダ
りんりんリンダ
白鳥呼んで白馬鳴かせよ
白馬のいななきリンダの喜び
白鳥呼んで白馬鳴かせよ
リンダりんりん
リンダりんりん
1月8日
◇懐メロ選曲
リンゴの歌 【作詞】サトウハチロー 【作曲】万城目正
赤いリンゴに 口びるよせて
だまってみている 青い空
リンゴはなんにも 云わないけれど
リンゴの気持ちは よくわかる
リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
青い山脈 【作詞】西條八十 【作曲】服部良一
若くあかるい 歌声に
なだれは消える 花も咲く
青い山脈 雪割桜
空のはて
きょうもわれらの 夢を呼ぶ
いつでも夢を 【作詞】佐伯孝夫 【作曲】吉田正
星よりひそかに
雨よりやさしく
あの娘はいつも歌ってる
声がきこえる 淋しい胸に
涙に濡れたこの胸に
言っているいる
お待ちなさいな
いつでも夢を いつでも夢を
星よりひそかに
雨よりやさしく
あの娘はいつも歌ってる
ああ人生に涙あり 【歌詞】山上路夫 【作曲】木下忠司
人生楽ありゃ 苦もあるさ
涙のあとには 虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を ふみしめて
男はつらいよ 【歌詞】星野哲郎 【作曲】山本直純
(セリフ)
俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ
わかっちゃいるんだ 妹よ
いつかおまえの よろこぶような
偉い兄貴に なりたくて
奮闘努力の 甲斐も無く
今日も涙の
今日も涙の 日が落ちる 日が落ちる
この道 【作詞】北原白秋 【作曲】山田耕筰
この道はいつか来た道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる
あの丘はいつか見た丘
ああ そうだよ
ほら 白い時計台だよ
この道はいつか来た道
ああ そうだよ
お母さまと馬車で行ったよ
あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ
さんざしの枝も垂れてる
夫婦春秋 【作詞】関沢新一 【作曲】市川昭介
ついて来いとは 言わぬのに
だまってあとから ついて来た
俺が二十で お前が十九
さげた手鍋の その中にゃ
明日のめしさえ なかったなぁ お前
ぐちも涙も こぼさずに
貧乏おはこと 笑ってた
そんな強気の お前がいちど
やっと俺らに 陽がさした
あの日なみだを こぼしたなぁ お前
九尺二間が 振り出しで
胸つき八丁の 道ばかり
それが夫婦と 軽くは言うが
俺とお前で苦労した
花は大事に 咲かそうなぁ お前
1月9日
◇かあけたかけた
かあけたかけたお月様かけた
かあけたかけた前歯がかけた
かあけたかけたおそばにおつゆ
かあけたかけたお馬とボート
かあけたかけた書初めかけた
かあけたかけたポエムが一つ
1月10日
◇中也と珈琲
ドトールに入って
アメリカンを一杯たのむ
テーブルの上には中原中也の評伝が一冊
読みかけたらとなりの席で男女が言い争いを始めた
「だから終わりだし」
「なんでそうなるの」
「電話で伝えたでしょ」
「一方的にね」
ああ別れ話
かみ合わない二人の会話
ぼくは本を開く
しかし何も読んでいない
頁をめくる
耳は別れ話を聴き続ける
珈琲は湯気を立てる
中也が笑う
テメエも物好きだね
腐れ縁ってヤツだよ
どっちも別れたくはないのさ
ただそういう事にしたいのが女の心理だろうじゃないか
「もうすぐ三十だよ」
「今は四十で産む人だって増えてるし」
「何年待たせる気」
「だから今はまだちょっと」
「あたしを自由にしてよ」
こうして二人は永遠じゃれ合っているのだ
ぼくはようやくとなりの様子に慣れて本を読みだす
中也と長谷川泰子を仲介した永井叔という吟遊詩人のことが気になる
大空詩人?
永井はなぜ自殺しようとしたのだろう
泰子のことが可愛くてしょうがなかったのかな
1月11日
◇アンテナ
1月11日だから1時11分や11時11分なんかに何かやればいい
1111111
アンテナがいっぱい立つでしょ
11月11日になったらまた同じことをやればいい
11111111
2111年11月11日11時11分になったらもっとなにかできそう
11111111111
ぼくと君
生きているかなあ
2111年まであと96年
1はアンテナじゃなくて人だとしたら
111111111111は12人の行列
組み体操はじめ
1一1一1一1一1一1一
一一一一一一一一一一一一
一1一1一1一1一1一1
1
111
1111
111
1
111111111111
1月12日
◇成人式とお通夜
親戚が亡くなってお通夜に出た
母と姉と一緒に行った
母の兄弟たちが顔をそろえた
母には二人の兄と二人の弟がいる
みなうんと歳をとった
お通夜だけど
おしゃべりに花が咲いた
お通夜は明るい方がいい
しんみりしていてもきっと故人は喜ばない
妻を亡くした伯父さんは少しやつれて見えた
でもぼくらが集まったことがうれしかったのだ
息子さんたち
その奥さんたち
そしてその子どもたち
みなで葬儀のお手伝い
そして会食
昔話をしながら
厳かで温かい時が流れた
きょうは各地で新成人のための式も行われていた
晴れ着の若者たちの横を喪服のぼくらが歩いてゆく
1月13日
◇ダダのゴリラ
おかしな
ゴリラが
背中を
必死に
ローリングソバット
してくるんだ
ダアダアダア
ゴリラが唸る
ダダのゴリラ
ダダのゴリラ
駄々をこねる
ダダのゴリラ
ゴとダは突然入れ替わる
ゴゴのダリラ
ゴゴのダリラ
五語をこねる
午後のダリだ
1月14日
◇ドタキャン
建築会社にドタキャンされた
どうやって家を建てようか
1月15日
◇雨と時間と追憶
外は雨
中は餡子
君は夢
僕は男の子
1月16日
◇タイヤ交換
雪が降る前に
タイヤをスタッドレスに履き替えた
スタッドレスってどういう意味だろう
シュガーレスのガムならわかる
1月17日
◇20年前
20年前の朝
テレビをつけたら
神戸が崩壊していた
忘れちゃいけないんだ
逃げること
助けること
守り合うこと
これからのこと
1月18日
◇読書メモ
中村稔『言葉なき歌 中原中也論』角川書店
「言葉なき歌」 優れた作品論だ。
「中原中也像のなりたち」 昭和46年までの研究がほぼ網羅されている。
1月19日
◇文学
作品が好きになって
作者のことを調べているうちに
その人物像に惹きこまれてゆく
しかし
あまり人物にひきずられると作品が読めなくなる
作者はどちらを望んでいるか
① 作品だけを鑑賞する読者
② 作者に興味をもってくれる読者
③ その両方
中原中也の場合
作品即作者
作者即作品
だ
1月20日
◇17歳の詩人
1924年
大正13年
詩人は17歳
1月21日
◇月光と巡査
体の大きなお巡りさんだった
まるでサーカスのヒグマが三輪車を漕いでいるかのように
そのお巡りさんは自転車にまたがっていた
ぼくは少しうしろめたかったので
目が合わないように通り過ぎようとした
「お気をつけて」と声がしたように感じて
ぼくは思わずお巡りさんの顔を見た
月光に照らされたその顔は
何かすごく満足したような満面の笑顔だった
1月22日
◇ビニールと缶ビール
ビニールください
ビニールください
雪がぱらつくこんな夜は
街をまるごとビニールに詰め込んで
私はひとりぼっちで家に帰ります
そして
中原中也の詩集をひらいて
「雪の宵」を読み上げます
缶ビールください
缶ビールください
花が舞い散るこんな夜は
街をまるごと宙に飛ばして
私はひとりぼっちで宴をします
そして
中原中也の詩集をひらいて
「春宵感懐」を読み上げます
それから
詩のタイトルが三つ
思い浮かんだので記します
「吹雪と花吹雪」
「羊と山羊」
「豚と海豚」
1月23日
◇恩人の生誕記念日
大正14年1月23日にその方は生まれた
90歳のお誕生日の前日
その方は永眠された
突然の知らせだった
縁ある人々がその方の家に集まり
横になったその方のそばで
花を飾り
香をひねり
ご冥福を祈り
お別れの言葉を告げた
その方は今にも起き上がって
「いいのよ。気にしないで」
と笑ってくれそうだった
眠るように亡くなるとはまさにこのことだ
何かとても大切な約束を思い出したかのように
その方はすっと居なくなられた
私たちは亡骸のそばでじっと耳を澄ました
ご主人との約束か
それともお母さまとの約束か
理由が知りたくて
ずっとその方のお顔を見つめた
「わるいわねえ。あとは頼むわね」
その方は
こうして
死は不幸なことではない
ということを教えてくれた
お誕生日おめでとうございます
鶴子さん
2015年1月23日を選んで
どこかで産声をあげていらっしゃるのですね
1月24日
◇ランルマン
ある日
ぼくが荷物を車からおろそうとしていると
ふらふらと浮浪者が近づいて来た
そしてこちらをちらりと睨んで
またすぐにふらふらと別の方へ去って行った
年令は57歳くらい
身体は大きく
コムデギャルソン風の黒いコートを纏い
長髪を後ろで束ねていた
ぼくは少し心配になって
彼の様子を目で追った
すると寿司屋の前で立ち止まり
じっと何かを見つめている
大きく口を開け
喉の奥からガアアアア
突然の火炎放射
生ゴミは一瞬にして燃え上がり
黒い煙
あっけにとられて見ていると
彼は焼けたゴミをぺろりとたいらげ
大きく背伸びし
ふらふらとまたどこかへ消えてしまったのである
隊長
このままでは全ての生ゴミが灰になってしまいます
「浮浪者」というのはむかし
「乞食」と呼ばれていたがいつからか
「ルンペン」となり今では
「ホームレス」になった
しかしどんなに呼称が変更されても
それが差別語となることは避けられまい
そこでだ
「ボロ」の漢字
「襤褸」が
「らんる」と読めることから
これからは
「ランルマン」とするのはどうだろう
隊長
いいですね
ランルマンをどうやって撲滅するのですか
撲滅とは人聞きが悪い
ランルマンは生活援助すればなくなるような簡単な存在ではない
有史以来この世界にはずっとランルマンは存在し続けている
彼らは怪獣ではない
社会のはずれ者でもない
我々の想像を超えたところで
世界の秩序に影響を与えている不思議な存在なのだ
哲学者ディオゲネスのようにですか
そうだ
どこかに魔法使いがいてくれたらいいのだが
どうしてです
シンデレラをお姫様に変身させるように
ランルマンを魔法でお金持ちにしてしまうのだよ
それで彼らは納得しますかね
しないか
しないでしょうね
1月25日
◇出棺
亡骸は車に乗って斎場へと運ばれていった
1月26日
◇ローン
銀行が三千万円をぼくに貸した
ぼくは信用されているのか
全く不思議なことだ
1月27日
◇お迎えのこと
火曜日と木曜日は毎週
水泳教室に行った娘を迎えにいく
夕方5時にスーパーによって買物をし
近くの喫茶店で珈琲を一杯
文庫本を少し読み
6時に区営の総合体育館へ
そこでトイレに入り
鼻歌をひとつ
火曜日は「上を向いて歩こう」
木曜日は「悲しき口笛」
娘はお友達と一緒に6時10分に出てくる
帰りは娘のおしゃべりに付き合い
チョコレートをかじりながら
街の灯りを抜けて
家路につく
それが私の日常の大切な儀式になっている
1月28日
◇読書
北川透『中原中也の世界』紀伊國屋書店 1978年
1月29日
◇読書
村上護『中原中也の詩と生涯』講談社 1979年
1月30日
◇読書
秋山駿『知れざる炎 評伝中原中也』河出書房新社 1977年
1月31日
◇川柳の会
友人の難波君を連れて川柳の会に参加。千歳船橋にあるレストラン。森田先生と工藤一家四人とぼくら。杏仁豆腐がおいしかった。午後1時過ぎ解散。ぼくと難波君は歩いて世田谷美術館へ。「難波田史男の世界」を鑑賞。また歩いて二子多摩川へ。高島屋でトイレ。駅前でエスプレッソを飲んで帰る。
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