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あの頃ぼくらはアホやった。そして時間はアホほどあった。

 仕事でミーティングをしていて、ちょっと行き詰まったというか、どうしたらいいかとみんなで悩んで膠着状態になっていたとき、

誰かがふと、

「虹ですね」

とつぶやいた。

窓の外を見ると、山にきれいな虹が架かっていた。

 大きい虹だった。
 膠着状態だったミーティングは、虹のおかげでフワッと和んだ感じになった。

 虹と言えば、ぼくはいつも、子どもの頃に友達と一緒に虹の出てるとこまで自転車で走って行ったことを思い出す。

 もちろん、虹にはどこまで行ってもたどり着かずに、結局消えてしまうのだけれど。

 でも、何かを目指して突っ走るのが楽しかったんだな。そこにはきっとすばらしいものがあると信じてたんだろうね。

 でも、がむしゃらに走り回ってた記憶があるので、今ではとても信じられないほどのパワーがあったんだなぁ。

 自転車で追いかけるで思い出したのがもうひとつあった。

 ぼくらが子どもの頃は、もしかしたらぼくの育った地域の特色なのかもしれないけれど、夏になると色んな日に、色んな場所で盆踊りが、開催されていた。

 夕方の、遊んだ後に帰るときなんかに、どこからともなく、炭坑節が流れてくるのだ。
 そうなると、ぼくらはいてもたってもいられなくなって、どこでやってんのや? とまたしても自転車で走り回るのだ。

 盆踊りってったって、そんなに夜店も出ているわけではないのに、なんか面白いことがあるんじゃないかって期待してね。

 ほんと、あの頃のぼくらはアホやった。

 でも、今思えば、時間だけはいっぱいあったと思うのだ。
 少年時代って、長いようでそんなに長くない。でも、その間に信じられないくらい色んなことをやった気がするし、信じられないほどのたくさんの思い出がある。

 そんなに密度高く、あわただしく動いていたわけじゃないのに。

 きっと、今の自分とは時間の流れ方が違っていたんだろう。
 もっとゆっくりと動いていたんだろうね。

 もしかしたら、ただ単に単純で何も考えてなかったからかもしれないけどもね。

 でも、それは言い換えたら、いろいろな事をを考えなくてもよかったからかもしれないな。

 だとすれば、情報がいっぱいの今の時代、子どもたちもいろんなことを考えなくてはいけないので、もしかしたら時間が早く流れているのかも、なんて思ったりもする。

 もしそうだとしたら、ちょっと悲しい気がする。

 でも、違うよね。

 子どもには、きっと子どもの時間の流れがあるんだろうね。

 虹から始まった話が、なぜかこんな話になってしまった。

 で、実を言うと、今でもまだ虹の出る場所に、いつかはたどり着きたい、と密かに思ってるんだけどね。

 やっぱり、今でもアホでしたね。

読んでいただいて、とてもうれしいです!