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「コピーは、コーヒー牛乳飲みながら。40」コピーランナー・川村真悟さんインタビュー

四十杯目は、「シンデレラ24時過ぎても送ります。」

————以前からお伺いしたかったのですが、Twitter名がとても印象的ですよね。こちらはご趣味から来てるのだとか。

川村さん:そうなんですよ。コピーでも常に走り続けようという気持ちを込めて名付けました。

マラソンのもともとのきっかけは、フルマラソン走ろうという会社内での軽いノリからでして。三カ月練習したのち、初めて挑んだ時の記録は3時間35分。その一年後、ランナーの数%という3時間を切るサブ3を達成することができました。今までのベストタイムは2時間53分19秒で、今年で始めて10年になりますかね。ちなみに、陸上経験なしです。

————マラソンはあまり詳しくないのですが……ランナーの数%って相当すごくないですか? 川村さんを惹きつけるマラソンの魅力とは一体何なのでしょうか?

川村さん:そうですね、マラソンの格言にある「走った距離は裏切らない」がその醍醐味だと思っています。走れば走るほど結果が出てくる、書けば書くほど結果が出てくるコピーの公募と似ていると個人的には思っていますね。

————そう言われるとイメージできますね……。だからこそ「コピーランナー」さんなんですね。


みなさん、お盆休みいかがお過ごしでしょうか? 今回のコーヒー牛乳の舞台は8月3日。品川にあるホテルのバーからお送りしています。この日、都内にてタクシーにコピーを乗せ走るコンテスト「ココロを運ぶ一行タクシー」の表彰式が行われていました。

今回のお相手はその式で最優秀賞を取られた川村真悟さん。Twitterでは「コピーランナー」さんのお名前で公募好きの方にはよく知られているのではないでしょうか? でも実際はどんな方なのか? 以前から交流はあるのですが、実際にお会いするのは初めて、ちょっとドキドキしつつインタビューが始まりました。


ひたすら走り続けた20代、たどり着いた広告の夢


————確か、ご出身は長崎県なんですよね?

川村さん:ええ、高校は地元の工業高校であの福山雅治と同じ学校出身だったのですが、途中で大学進学したくなり。進学校と差があるのがわかっていたので、工業専門の勉強とは別に受験勉強に励み一般入試で国立大学の物理学科に合格できました。完全に理系で、国語といった文章を書く科目は正直苦手でしたね(笑)

ただ進学後も母子家庭だったので、親に頼れずに新聞奨学生をしていました。毎朝2時起きで配達、夕刊も担当していたので休めたのは月一の休刊日のみ。今振り返れば、大学生らしい生活は送れていませんでしたね。

————かなりご苦労された学生時代だったんですね。

川村さん:そうですね。そんな当時、心の支えだったのは、森高千里さんの歌やライブでした。あんなにみんなに元気を与えられる存在に憧れてて、目立つほうでもなかった自分にはとても輝いてみえました。いつか将来はそんな道を目指そうとも少し思いましたが、そんな才能は持ち合わせてないなと思っていて。

川村さん:でもあの頃のその気持ちはどこかで、広告という誰かに影響を与える仕事につながっている気がしています。彼女のような才能型でなく努力型であることは自分が一番わかっているからこそ、今挑戦している公募も数打つようにしていて。

————それから社会に出られて、最初に就いたお仕事はエンジニアだったそうですね。

川村さん:上京し就職した企業は中小ながらも、出向先は国内の家電メーカーを支えている外資系の装置メーカーでしたね。大学時代が理系だったから……という安易な理由で選択したのですが、その経験がなかったら今はないというくらい自分のビジネス感やスキルの土台になっています。ただ、もっと生活者に近い仕事がしたいなと思い、飲食のチェーン店に転職しました。

————エンジニアの後は飲食だったんですね、どんな環境だったんですか?

川村さん:やりがいはあったのですが、正直きつかったですよ。いわば典型的なブラック環境。昼夜逆転するようなキツい労働環境でマネージメントをしていて。売上を如何にして上げるか、単価とリピートをどうするか。あとはアルバイトの子たちのモチベーションを保つためにいかに工夫するか。彼女たちの人間関係を円滑にするのも大切な仕事でしたね。

本当に大変な中ではたらいていたのですが、クーポン券などを作った経験から広告や販促に惹かれこの業界を目指すようになったんです。買い切り枠を埋めるような泥臭い営業から始まり、大手代理店への出向まで数社経験でき、特に企画書はガンガン書きましたね。

————学生の頃から相当苦労されてこられたんですね……。それから30歳になったのを機に九州に戻られたんですよね。

川村さん:ええ、福岡の広告制作会社の営業になりましたが、1年で企画作成力を認められ、企画制作部へ異動しプランナーになりました。その後、5年ほど今勤めている広告代理店のパートナーとして働いたのちに出向となり、契約社員、そして今は正社員として雇用していただいてる形ですね。

————地元に戻ってからも走りまくりじゃないですか。まさにランナーさん……!!

未来につないでくれた東松山市の大賞。AIの心を揺さぶった「蜜と雪」

————そんな走り続けてきた川村さんが公募を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

川村さん:広告業界に入ってから、コピーの代表的公募賞である「宣伝会議賞」の存在は知りましたね。広告制作会社の時にいたコピーライターさんも、積極的に応募してたのを見ていました。

ただ自分は理系だったので、コピーを書くということは雲の上のような仕事でしかないと思っていて。公募に関しても同様に敬遠していて。また絵心もないので、デザインなどはもっと無理で。

一方で企画書で流れをつくり、コンセプトをたてるのは好きでして。例えるなら、クリエイティブ作業が木とすれば森の部分をつくるのが好きなんですよ。なので、コピーライターになりたいわけでもなく、コンセプトプランナーというような立ち位置になるのが今後も目標ですね。そんなわけで企画書で応募する販促コンペティションにやりがいを感じて3年前から公募に挑戦し始めました。

————なるほど、元々は販促コンペがスタートだったんですね。ではその中でコピーの公募にもはまるようになった理由は何だったのでしょうか?

川村さん:その理由は3つあります。1つは、苦手分野に挑戦できること。元々理系でしたから、そんな自分が言葉でどこまで通用するかを知りたくなったこと。2つ目は、表現力の向上。コピーを書く作業は企画書含め、いろんな課題解決力の向上につながること。結局は言葉で説明しますからね。3つ目は、簡単に裸で戦える楽しみ。会社名とか肩書きを脱ぎ捨てて戦えますし、戦友もできますからね。まさに、マラソンのような楽しみがあるのが魅力だと思っています。

でも、この3年間は正直泣かず飛ばずで。宣伝会議賞は、2016年は80本に対して1次通過1本。 2017年は800本出して1次通過11本。そして前回の2018年の応募では1,400本に対して1次通過23本(うち初の2次通過2本、3字通過1本)でした。

————そんな挑戦を繰り返されてきて、でも今年になって風向きが変わってきたんですよね。12月に応募した東松山市のコピーが大賞、それが

「つないだのは、未来でした。」


だったんですよね。

川村さん:東松山の大賞は、本当に自分の未来をつないでくれましたね。元々は2018年12月にスカコピというTwitterでの公募があって、それをメインに投稿している中でこの公募がTLに流れてきたんです。

気になって調べてみると、東松山のPR動画7篇をみてそれぞれのコピー考えるということに興味が湧いてきました。そして東松山のためになれるやりがいを感じ、応募することにしました。

各篇順番に投稿していき、だいたい50本くらいは応募したと記憶していますね。それで選ばれたのが、プロポーズ篇のコピーでした。手をつなぐこと、それは2人だけでなくこの東松山の未来にもつなげたらという気持ちで書きました。

審査も、審査員→東京のイベント投票→地元イベントの投票で選ばれたそうで審査員だけでなく一般の方にも選ばれたのが何より嬉しかったですね。

————改めておめでとうございます! この時は表彰式などはあったんですか?

川村さん:ところがですね……実は審査の過程は何も知らされてなくかつ表彰式もなく。突然バレンタインデーに事務局から来たDMで初めて知りました。大賞である事、15万円を振り込むという連絡がきまして。嬉しくて手が震えるほどだったんですが、表彰されたかったのが本音です(笑)でもこのコピーを考えたことで、東松山が大好きになりましたね。

————その次に森永乳業さんの「#助けて蜜と雪キャッチコピー」募集

「うち雪しよ?」

でも優秀賞を取られましたね。

川村さん:蜜と雪に関してはコピーがAIで採点されるという面白さから、応募開始からはガンガン応募してました。もう数えられないくらいです。多分100本以上。ただ期間の後半の5月はまったく応募しませんでしたので、まさかの結果でしたね。

————かなり特殊な公募だったと思いますが、ズバリどのように攻略されたのですか?

川村さん:このAIは、アイスの魅力(とろけるとか、ふんわりとか)ワードに反応して得点が高くなる感じがみえましたね。でもCMのキャッチコピーですし、ただアイス自体の魅力をだらだら表現しても意味ないなと思い、違う方向を模索したのを記憶しています。むしろ得点が低くなるほうを考えつくしたのかな?

その中で、8000本以上からの優秀賞に31本が選ばれたのですが、ほとんどがアイスの魅力を表現していましたね。だからこそ自分が書いたこのコピーは、この国の新たなお誘い言葉として定着させたいと思いながら書いたのを覚えています。

「うち来ない?」「お茶しない?」とか、打ち上げとか、 好きな人とか、友達とかに声をかける際に、気軽に「うち雪しよ?」(蜜と雪をうちで仲良く食べる。)と言う。雪がついてるとロマンチックでついOKしたくなりませんか?(笑)

————そうかもしれませんね(笑)

真夏の日差しの下での贈賞式。深夜を走るタクシー運転手へ思いを込めて

————そして今回はこのタクシーの公募で最優秀賞を受賞。先ほど表彰式を一時間前に終えられたわけですが、今どんなお気持ちですか?

川村さん:自分で良かったのかな? と単純に思いました。締切日に初めて書き始めたコピーだったので。

————え、締切の時に気付いたんですか?

川村さん:そうなんですよ。Twitterで大井さんがすごく頑張られているのは見ていたので自分も応募しようかな……と思いつつ、初めて最終日に応募要項を開いたら「あ、これめちゃくちゃいいじゃん!」と気付きまして。選ばれた50本がタクシーでラッピングされるなんてすごく魅力的だなと。もう夕方の18時だし……と思っていたんですが応募した結果、ありがたい事に最優秀賞をいただけました。

————まさにギリギリセーフですね……! ちなみに最終的に出した本数は何本だったんですか?

川村さん:15本です。しかもその1本目が「シンデレラ……」だったんです。本当に奇跡だったとしか言えませんね。

————それから参加された授賞式はいかがでしたか?

川村さん:猛暑の中で行われたのですが、最高の舞台でしたね。場所はお台場のパレットタウンでした。最優秀コピーのタクシーだけは展示だったのでそれが一番の楽しみで、到着するや否やすぐに向かいました。そこには大井さんも待っていらっしゃって、初めて対面でご挨拶をさせていただきました。それから、受賞者である岡田さん、永吉さん、江島さん、50本に選ばれた奥村さんも来ていただけました。

川村さん:自分のコピーが書かれたタクシーとやっと出会えたという嬉しさでいっぱいでした。……本当は、このタクシーが走っている姿をみたかったのですが(笑)そんな中で多くの方に声をかけられ、大井さんや岡田さん、奥村さんと並び写真もいっぱい撮影されて、暑さも飛ぶ素敵な時間を過ごさせていただきました。

その後に11:30からセレモニーがスタートし、タクシー協会会長のお話、トヨタモビリティとの協定などが行われその調印式のあと、予定の12時より早く表彰していただきましたね。

————このコピーは、どのようにして選ばれたんですか?

川村さん:まず今回の運営事務局であるOAC事務局が50本を選び、タクシーのラッピングに起用されまして。50本から、タクシー協会さんで12本選び、最後に役員の方が3本選ぶという形でしたね。会長から表彰状を受け取る時、「このコピー、票がめちゃくちゃ集まった。」と言われた時は、涙であふれそうでした。

この企画に関しては会長さんも気に入ってて続けていきたいとおっしゃっていましたので、今後も続いていくはずです。そのあとも表彰者とタクシー協会の会長も一緒に手をつないでの写真撮影、その後は自分だけ取材が続きましたので、他の皆さんは待つ形になってしまいました。大井さん曰く「最優秀賞だけ扱いが違う」とのことでした(笑)やっぱり、頂点って最高に嬉しいですね。

————でもそれまでいろんな道を走ってきた、応募をされてきた、その積み重ねがあったからこそたどり着けた最優秀賞なのかもしれませんね。

川村さん:そうかもしれません。今でも信じられないですけどね……幻だったんじゃないかというくらい。

————そんな授賞式を経て、胸に抱いている今後への想いをお聞かせください。

川村さん:これからも自分が大切にしている「社会と企業と生活者の3つのハッピー」を実現したいですね。
そのどれもが欠けてはいけない。例えば高齢者の運転免許返納という社会課題があったとして、一方で車の台数は減りますのでそのカバーも必要ですからね。そういう次元でとらえたみんながハッピーになる施策やプロモーションを仕掛けていきたいです。

————今回の受賞作もまさにその一つですよね。

川村さん:ええ。24時以降って本来は人間が眠る時間ですよね。タクシー運転手もお客様もきつい時間。そんな時、あのコピーで「24時過ぎて終電に乗り遅れたシンデレラを、タクシー運転手が王子となって家まで送るような気持ちになれたらハッピーになれないか? 結果、事故もないでしょう。何より、運転手が、タクシー運転手やってきてよかったな。」と思ってもらえたら本当にハッピーですね。そういうきっかけを、コピーや企画を通して今後も作っていきたいと思います。

川村さん:兎にも角にも、次に狙うのは宣伝会議賞の頂点です(笑)今後のマラソンもレースに向けて9,10月は練習がかなり必要な時期ですが、今年はレースもエントリーしてません。つまり、マラソンレースを捨てて挑みます。「走るより、書く。」で。Twitterも投稿ほぼしません。「投稿するより、書く。」「寝るより、書く。」あの三上さんの5000本は無理ですが、全課題のフル応募を目指します!!

実はその前回の宣伝会議賞で「カクイチ」の課題で古き良き庭で過ごす充実時間を増やしたい!! という思いを込めて書いたコピー「ニワ充」で3次審査をグランプリのコピーと競り合ったという川村さん。秋から始まる宣伝会議賞では要注目の方になりそうですね! 本当に今日は素敵なお時間ありがとうございました。お祝いとこれからの疾走へのエールを込めてプレミアム○ルツを、ぐいぐいっ。

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東京から大阪に召喚された、32歳のコピーライター。 コピーライターにインタビューする企画「コピーは、コーヒー牛乳飲みながら。」をnoteで連載。#コピコヒ また街角のクリエイティブの映画評にも参加しています。#街クリ映画部