ごはん杖　＃毎週ショートショートnote

常連のお爺さんが久しぶりにやって来た。
高齢のお客さんがパッタリと来なくなるのは、たまーにある。「もしかして」と不安になったが、元気そうで安心した。

――ガチャン！

「またや。よう倒れる」

お爺さんが椅子から手を伸ばし、床に倒れた杖を取ろうとした。

「杖なんて使ってました？」

僕は訊きながら床の杖を取り、壁に立てかけた。

「ありがとう。最近、前みたいに歩けんのやわ。それで息子が買うてくれた」
「息子さん優しいっすね」

お爺さんの眉間に皺が寄る。

「いらんて言うたんや。杖なんて年寄りみたいやろ？」

僕は返答に困り、黙った。

「ただ、杖なしやと歩き辛い。一人で飯屋も行けん。飯のために仕方なくや」
「じゃあ……これはごはん杖ですね」
「あん？」
「美味しいごはんを食べに行くための杖。いいじゃないっすか」

お爺さんはポカンとした顔で僕を見た。

「あ、日替わり定食ですよね。まいど」

何か言いたげだったが、僕は気づかぬふりをする。
ランチタイムは忙しいのだ。

（410字）

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お題「ごはん杖」