2023.12.08 表現すること

 さて今日も今日とてドリップコーヒーを淹れた次第で。今まで自分なりにやってきたこれの中で、今日の1杯が一番まとまってた気がする。どう違うかと聞かれてそれを言語化できない今の自分の表現力の乏しさと、知識の狭さが悔やまれるけど。とにかく良き1杯でした。この味を自分で忘れないこと。何よりこれを安定して再現できるようになること。励もう。

 そしてその中で考えていったのが表現力の部分。個人的な趣味として音楽がとても好きで。(今日これ全然コーヒー関係ない話かも)とにかくいろんな音楽を聞きますが、最近はもっぱら邦ロック。バンドサウンドをひたすらに聞くんですけど。最近はバンドじゃない音楽もかなり流行ってきてて。名前までは明言しませんが、アニメ主題歌で跳ねたあの二人組とか、昭和のテイストを彷彿とさせるサウンドから、独特なダンスノアの4人組とか。僕が好きな音楽というかよく聞くのは、詞先な曲ばかりで。もちろん曲先の隙もありますけど。(要はリズムとか曲調がいいねってなってハマるか、この歌詞すごい刺さる。ってハマるかの違い。)とにかく僕は詞を大事にするというか、そこに表現力を感じていて。だから意味理解するのに時間かかる洋楽はちょっと苦手で笑。
 僕が最も愛するバンドが「BUMP OF CHICKEN」っていうバンドなんですけど。ライブにも何度も行っていて、表現するっていうことに関してボーカルの藤原基央くん(以下藤くんで略しますね。)は凄くて。ライブ行ったことある人にならわかると思うんですけど、煽ってくるじゃないですか。あの人たち。そんなもんかー的なあれ。ね。藤くんはどうかって聞かれると、もちろん同じように煽ってくるんですよ。「叫べ」とか「歌え」とか「もっと出るよね」とかって具合に。でもそこよりも、すげーなってとこがあって。それの一つは歌詞を変えて歌うこと。ない歌詞を歌うことで。藤くん曰く、その時のライブの感じを味わって、実際にみんなに会ってその時伝えたいってなったことを歌ってるらしいんだけど。それでもそれが凄くて。一つだけ紹介するとしたら、「花の名」って曲があって、その歌詞の中に「会いたい人がいるのなら それを待っている人がいる いつでも」って歌詞があるんだけど、それを藤くんは「顔をあげて僕らを見て 君に会いに来た音がある ここにも」って変えて歌ったことがあって。(実際ライブ会場にいたけど、涙が出ましたよね。)もう原型なんてなくて。その時の藤くんが何を見て何を感じてこの歌詞を歌ったのかはわからないけど、それでもその時この言葉を伝えてくれたことに、涙したのを覚えています。
 そしてもう一つというかこれが一番大きなもので、それが藤くんのMCです。どんなアーティストもライブではMCがつきもので、いろんな話をしてくれます。藤くんたちもそうで。でも最後の曲の前とか、アンコールの後とかに結構長尺で藤くんが話をしてくれるんですよね。これもまたきっと藤くんの中では、その時伝えたいことだったりそのライブで感じたことを伝えてくれてるんだと思います。本人曰く、全く話も纏ってないんだけどって言いながら話してくれるんですよ。でもその言葉たちって凄くて。それを聞いて泣いたことも何度か。一度や二度じゃなくて。その中で今も尚僕の中に残ってる言葉があって。(一言一句そのままじゃないかもだけど。)「僕たちの音楽は、誰かに聴いてもらうことで完成すると思ってて。曲書いてる時はスタジオで一人だけど、それがちゃんと届くかなとか、どんなふうに伝わるかなとか考えながら作ってて。このライブって場所で実際に反応聞いて、曲聞いてもらってその時初めて、曲が完成すると思ってる。だからライブはそんな場所で。」っていう話があって。それを聞いた時に、あぁ独りよがりじゃダメなんだ。寄り添ってくれている。僕が楽しい時も、幸せな時も、辛い時も、苦しい時も。僕たちの日常にその瞬間に藤くんと一緒にはいられない。一緒にいられるのもたったの2時間弱だけど、BUMP OF CHICKENの曲は僕たちの日常のどんな時でも、どんな場面でも寄り添ってくれている。それを実感した瞬間だったし、それを藤くんが想ってくれていることに感動して。

 これがコーヒーとなんの関係があるかって聞かれると、難しいんだけど、結局コーヒーを作るっていうのも、究極的には同じなんじゃないかって思って。その1杯を作る作業。それは飲んでくれる人がいて初めて完結できることであって。どれだけ美味しいコーヒーでも飲んでくれる人がいなければなんの意味もなくて。教員やってる時もそうで。僕毎日のように学級通信書いてたんですよね。(担任の先生が書くあれ。今の時代もうほぼないと思うけど。)大体週1とか月1でしか他の先生が書かない中僕はほぼ毎日で、1年間で100近く出した記憶があるけれど。渡した次の瞬間ゴミ箱に捨てられてたり、教室にくしゃくしゃになっておいてあったりもしたな。けど、その中の誰か一人。たった一人でも読んでくれている人がいて、その人のこれからの何かの足しになってくれたら。って思いで書き続けていて。ありがたいことにそれを楽しみにしていますって声ももらえて。それも、ただ自分が描きたいから始まったのが、読んでくれる人との間のものになって。そうやってなんでも、一人で始めたことでもいつの間にか一人のものじゃなくなってくもんなんだって思います。現に僕のこのコーヒーに関わる、自分のお店を持つためにってものも、自分一人で始めたはずが、人との出会い、新しい世界を知ったことで、一人だけのものじゃなくなっていて。もう一生会うはずのない誰かのおかげで得られたものもあるし、大切なあの人のためにって思いもあるし。だからそう言ったいろんな想いをちゃんと表現していかなきゃなって思います。それがこのnoteだったり、Instagramだったり。最終的には自分のお店がそれを表現したり、自分の淹れる1杯のコーヒーがそれを少しでも表現していけたらなって想っています。

 これから珈琲の話ばかりじゃなくてこんなふうに自分の好きな話とかもしながらコーヒーの話と繋げていけたらいいなと思います。なんだかこれを書いていると教員の頃に出してた通信を思い出します。どれだけ読んでもらえるかは分かりませんが、勝手な自己満足。誰かにとっての何かしらに慣れていたらいいなって思います。

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