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やっぱりマザーテレサはすごい


「俺、スラム街出身なんだ」

ケニアの首都、ナイロビの街で出会った21歳の青年は、赤信号で止まる車の間を器用に通り抜けながら僕の方を振り向いてそう言った。それもただのスラム街ではなく、100万人が住む世界最大のスラム街、『キベラスラム』だ。

「そうなんや」
僕も口に手を当て、充満する排気ガスに咳き込みながら同じ様に通り抜けて、言葉を返す。
彼は今日の予定は夕方プールに行くだけだと言う。アフリカには泳ぎ方を全く知らない人が多く、彼もその1人だ。今は全く知らないが、頑張って覚えて水泳のコーチになるのが夢らしい。
「日本の学校は泳ぎ方教えてくれるの?いいな〜」
隣で無邪気に羨ましがる同い年の彼は、憎めない性格をしている。
朝9時のナイロビ市内は交通量も昼に比べればそれほど多くなく、気温も寒すぎず暑すぎない程度で気持ちの良い風が時々脇を抜けていく。文句がないほどに快適だ。その日は2人とも夕方まで予定が無かったので、彼がスラム街を案内してくれる事になった。

市営のバスを乗り継いでスラム街に向かう。1時間ほど揺られていると、説明を受けるまでもなく、僕たちがスラム街に足を踏み入れた事が分かった。窓の外の光景が一変したからだ。さっきまで高層ビルや店が並んでいたはずの大都会、ナイロビの街は今は全く違う顔を見せていた。土や瓦礫、アルミの板で作られた家が軒を並べる。全く整備されていない道路にはゴミが散乱していて、至る所にゴミの山が出来ている。家の前でパンツを下ろして座り込み、桶の上に用を足す小学校低学年ぐらいの歳の男の子と目が合う。その横を放し飼いになった豚がゆっくりと通り過ぎる。

そこはGoogleで『スラム街』と調べたら一番上に出てきそうな程に、紛れもなく『スラム街』だった。

バスを降り、青年の家の方に向かって歩を進める。散乱したゴミからくる悪臭が鼻を突く。そのゴミを食べて育つ家畜を食べるため、病気の蔓延も深刻な問題になっているそうだ。スラムの家々はなだらかな傾斜に沿って建てられていて、時々降る雨によって捨てられたゴミは川に流される。なるほど、麓の川に行ってみると大量のゴミでほとんど流れは堰き止められ、その上を豚や牛が徘徊していた。川の向こう側にやって来たお母さんが桶に溜まった排泄物を川に投げつけて、また来た道を戻っていく。トイレやシャワーが自宅にある家は無く、公衆トイレ・シャワーは100万人に対して約600個しかない。スラム内でどんな犯罪が起ころうとも、警察は絶対にスラム内には入ってこないという。ここはそういう場所だ。

今回はこの場所でやろうと思っている事が一つある。
『季節外れのサンタクロース』。つまりはただのアメ配り。それもスーパーで買った安物のアメを一袋だけ。なくなるまで出会った人たちに配って回ろうと思う。彼にそう提案すると、大賛成してくれてお金も少し出してくれた。今回は一袋だけ。歩いて回るだけで1週間かかるスラムのみんなにあげるだけのお金も時間もない。

随分と悩んだ。
そんなつもりは無いけど、アメを配るという行為だけでも見下されているように感じる人もいるんじゃないか。もしかすると迷惑なんじゃないか。これはただの自己満足かもしれない。そもそも優しさとは何なんだろう。
アメの袋を片手に持ったままスーパーの中で夕飯の買い物をする地元のお母さんたちに紛れて立ち尽くし、そんな事を考えていた。

入り口で待っていた青年が中に入って来る。
「Cody!早く行こうよ!」

「今行く!」

待ちくたびれた彼の催促する声に背中を押されるようにして、僕は持っていたアメの袋を1番大きいやつに替えてレジに向かった。

結果は想像に反して大盛況だった。
家と家の間のゴミだらけの細い路地を通りながら出会った子供たちに1個だけね、と釘を刺してアメを配るとみんなちゃんと1個だけ取って「Thank you!!」と、歯の抜けた口で美味しそうに舐めていた。
Asante(スワヒリ語で感謝の意)、謝謝(シェーシェー)、握手など、色んな形のありがとうを受け取った。

しかしいい事ばかりではなかった。
配っていると、たまに強引に大量に取っていく大人や、仏頂面でひったくるように取る人がいる。どうしても少し悲しい気持ちになるが、その度に先程心の奥底の棚に押しやったはずの思いが隙間から顔を出してこっちを見てくる。ほらな、やっぱり自己満足じゃないか。お前は予め反応を頭の中で思い描いて、その幻想を回収しようとしているだけなんだ。

確かにその通りなのかもしれない。
でもきっと僕たちは、暗闇の中でもがき苦しみながら本当にそこにあるのか分からない、自分が信じる光の方に足を向ける事でしか物事の輪郭を認識できないんだろう。少なくとも僕は今はその方法しか知らない。

小学生の時に遊びに行った友達の家の壁に飾ってあった少年野球チームの旗「見逃し三振よりも空振り三振」がこの歳になっても何故か頭から離れない。

スマホの中であいみょんが「情けない、ずるい事ばかり考えてしまう」と唄っている。
そうだよな、分かるよ。

やっぱりマザーテレサはすごい。

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