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新卒一括採用は日本独自の文化なのか

こんにちは、K研究員です。

そろそろ新卒が3か月で辞めたというSNSのポストが増える時期なので、新卒一括採用について書いてみようと思います。
よく、日本は新卒一括採用を行っていて古臭い。時代はジョブ型採用みたいな話はSNSで語られるのですが、そのあたりの話について書いていきたいと思います。

注意点:ビジネスを考えるときに民族的な考えで決めつけないほうがよい

ビジネスの世界では法律に違反しない範囲で儲かる方法を考えるのが当たり前です。日本は古臭いから新卒一括採用、アメリカは先進的だから新卒一括採用なんかしないというようなステレオタイプで語るより、なぜ日本では新卒一括採用が儲かるのかという視点で考えるべきでしょう。なぜなら、もし日本でもアメリカ式が儲かるならば、すでに誰かがトライしていて、それを見た他社もすぐにまねをするからです。ビジネスの根底には民族的な性質があるのはもちろんですが、そこに性急に結びつけると考えが深まりません。

なぜ日本では新卒採用に力を入れるのか

学生からは新卒カードなどともいわれたりしますが、日本企業が新卒採用に特に力を入れているのは疑いようはありません。これはなぜでしょうか。
これには単純な理由があります。まず転職者数の推移がこちらです。

労働経済白書(令和5年版 労働経済の分析)より

流動性が高まっているとはいえ転職者数はかなり前からほぼ一定の年間300万人程度です。月平均(12で割ると)では25万人というところでしょう。

「学校基本調査」 文部科学省

一方で少子化とはいえ、大学、短大、修士を卒業して就職する人は毎年50万人を超えています。この50万人はほぼ全員が4月に就職するので、毎月25万人が転職する転職市場の2倍です。また、転職者はどこにいるのかわかりませんが(あなたの同僚かもしれませんね)、新卒で採用する人は大学に行けば会えますし、大学も就職説明会を奨励しています。(転職説明会をさせてくれる他社の企業はないですよね)
月単位で見たら数が2倍多いため時期を絞って募集をかけられる上にアプローチしやすいとなれば新卒採用のほうが人数の上では圧倒的に有利ということになります。また、大学卒業生はほとんどが20代の若者であり、必要な専門性に合わせてアプローチする学部・学科を選べば必要としている人材と出会うことができることも魅力です。

アメリカには新卒採用はないのか?

よくある誤解にアメリカや他の国には新卒採用がないと思っている人もいますがそんなはずはありません。次の図を見てみましょう。
この図を見ると大学卒業後64%が企業に就職するようです。また19.4%の進学の多くは修士と思われますが修士の80%は就職しますので結局のところ8割弱の学生は卒業後に就職すると言えるでしょう。まあ当たり前と言えば当たり前で、大学を卒業したら早くお金を稼いで自分の人生を豊かにすることに使いたいという思いはどこの国でも変わりはないでしょう。

学部卒業生の進路 National Association of Colleges and Employers調査よりhttps://www.naceweb.org/job-market/graduate-outcomes/first-destination/class-of-2022/interactive-dashboard
修士の進路 National Association of Colleges and Employers調査よりhttps://www.naceweb.org/job-market/graduate-outcomes/first-destination/class-of-2022/interactive-dashboard

さて、アメリカでも大学を卒業すれば働くわけですが、いわゆる就活はどうでしょうか。Quoraで聞いてみました。

「いつアメリカの大学生は就活を始めますか」という質問ですが、4年生の秋学期から始めることが多いと回答されています。日本と比べると結構遅い印象ですが、就職説明会が開催されたりエントリーシートを準備したり面接を受けたりすることは変わらないようですね。

Quoraより

新卒採用の形自体はあまり変わりはないですが、それなら違うのは新卒「一括」採用の「一括」の部分ということになります。では一括とはなんでしょうか。

新卒「一括」採用とは?

あらためて新卒一括採用とは何かと考えてみるとこれがなかなか難しいです。採用方法は企業によっても異なるし一括りには言えません。

あえて「一括」な部分を挙げると、

  • 仕事を開始する時期がみんな4月であること

  • 全員が一斉に研修を受ける集合研修があること

  • そのタイミング以外ではあまり採用に力を入れていないこと

  • 企業によっては部門とのマッチングがなく全社で一定人数を採用すること(最近は少なくマッチングが主流)

などがあるでしょう。では次になぜこのような採用方式になっているかを考えていこうと思います。

ところでこんな話があります。資本主義という言葉は社会主義を提唱する人が自分たちの理想との対極を表現する言葉として作ったものという話です。資本主義経済を信奉する人がいてもそれを「資本」主義とは名付けないですよね。新卒一括採用も同じようにアメリカ式に対する皮肉なのかもしれません。

なぜ一括採用するのか

改めてアメリカ式と比較して新卒一括採用の理由を考えていきます。
まず4月に一括で採用する理由についてアメリカと比較して考えてみましょう。
アメリカの大学は単位を取れば卒業でき、卒業式が行われる時期も大学によって異なり、一般的には5,6月に卒業式が行われることが多いらしいです。9月入学が多いですが8月卒業が多いかというとそうでもないようです。いつ卒業するかがその人や大学次第となるとあえて4月に一括で入社を行う必要はないですね。一方で日本の大学は基本的には3月に卒業ですので、4月に一括で行うのはいろいろ効率が良いわけです。

次に研修を一括でやることについてです。まずこのグラフを見てみましょう。日本人の新卒採用の3年以内離職率のグラフです。このグラフを見ると昭和の時代から3割ぐらいは3年以内に辞めてしまうようですし、その状況はずっと変わっていません。

厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」 URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00004.html

でも逆に考えてみましょう。これは7割の人は3年で辞めないと読み取ることもできます。また日本人の平均勤続年数は12.7年であり、1新卒で入った会社に10年勤め続ける人も多いと考えられます。そうすると即戦力として働いてもらうよりも、十分に研修してその会社のことをよく知ってもらい、長い視点で成果を出してもらうほうがお得ということになります。10年働いてくれる人がいるとなれば、直近1,2年のパフォーマンスにこだわるよりポテンシャルを見て採用するのが正しい戦略ということになります。
ちなみにアメリカの平均勤続年数は4.1年らしいので、3年後のポテンシャルを見て採用、一年かけて研修などと言っていたら企業としては元が取れません。自ずと即戦力性が重要になります。日本でもいわゆる外資系企業であるGoogleジャパンなどは平均勤続年数は3年程度で新卒は採用しているものの一括採用はしていないようです。

まとめると、アメリカでは3月に卒業するとは限らず、同じ月に採用・研修することは難しく、集合研修を長期に行うこともあまり合理的ではないわけです。また、平均勤続年数が短いということは転職者が多いということですから、ことさら新卒に力を入れる必要もないわけで、中途採用と同じ枠組みで行う企業も多いでしょう。とはいえそれでも新卒採用に力を入れている企業も一定するあると思います。
日本はその逆に3月に高校生、大学生、大学院生が一斉に卒業し、長期に同じ企業で働くので一括採用に向いているというわけです。

アメリカ以外はどうなのか

これまでアメリカと比べてきましたが、フランスやドイツはどうでしょうか。フランスやドイツは平均勤続年数が長い国として知られています。
フランスは11.2年、ドイツは10.5年らしいです。平均勤続年数が長いなら日本と同じような採用システムになるのでしょうか。
フランスは日本と同様強い解雇規制の法律がある国ですが、法律でジョブディスクリプション(何の仕事をさせるかを定義したもの)を明確化しないといけないことが定められています。このため、日本のようにとりあえず採用して、あとはその人に合う仕事を見つけていけばよいというスタンスとは異なり、先に仕事があってそこに当てはまる人を探すというイメージに近いようです。また、トータルの平均勤続年数は長いものの、若者の平均勤続年数は短く、転職によってキャリアアップしていき人生の晩年では一つの仕事を続けるという働き方が一般的なようです。ちょっと古いですがこんな記事もありました。新卒にも即戦力が求められるため、まずは非正規職で経験を積んで即戦力になった段階でパーマネントの職に就くという文化があるようですね。
ドイツは日本と異なりマイスター制度があり、義務教育を終えると一般的な学生には職業訓練が行われます。そのため、新卒時点である程度職業訓練がされており、一定即戦力性があり、日本のようなポテンシャルでの採用判断や一括研修の必要性は薄いかもしれません。
こう考えていくと、日本だけではなく、アメリカ、フランス、ドイツも全く異なる職業文化を持ち、すべての国がその国独特の制度があると考えるほうが妥当かもしれません。

まとめ

日本の新卒一括採用事情と他の国の比較を考えてきました。職業文化の状況はどんどん変化していき、少子化の日本ではいつか新卒採用に注力するより中途市場に注力するほうが合理的な時代が来るかもしれません。そう考えると一括採用と呼ばれる考え方にとらわれる必要がないのはもちろんですが、一括採用は古臭いという考え方も同様に極端です。どこの国も職業文化は全く異なるのですから、どこかの国と同じにしようと思わず、状況に合わせて柔軟に少しずつトライを重ねてアジャストしていけばよいのではないでしょうか。


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