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ゴミとアートの境界線(子供の発想は無限)

日曜日の朝、家でパソコン仕事してる隣に来て、自分も仕事すると言い出し、市販されてるシール付きの創作ノートを持ってきて、大騒ぎしながらシールを貼っている。←コレが仕事らしい。

静かならまだしも騒いでいるのでコチラの仕事は進まない。そもそも家で(しかも休日に)仕事する方が悪い、、、と思いつつ、子供の創作?を見つめていると、自由な発想に目が行ってしまう。

創作ノートは「ここはこのシールが適当」のようなイメージで構成されているので、それに沿った想像が働く感じで進むのだろう。が、しかし、そうはいかない。

例えば、フォークやナイフを持っている子供の絵、その前に大きなお皿がある。当然そこには食事に出されそうな魚や肉、総菜などを想定するシールを貼る。のが世間の正解なのだろう。

これを、シールのシート自体を破り、手でぐるぐるにして、お皿に置き、スパゲッティだ。とする立体的アプローチに感動してしまった。

確かにシールとシールの間でサポートされてる細く残った粘着部分は本来そのまま捨てられる部分なのだけど、それを担ぎだし麺に見立てる感覚は大事にして欲しい。

ゴミ箱に入っていればゴミになるけど、そこまでの過程にアート思考が垣間見えた瞬間だったのでここに記録しておきます。

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