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イマ・ココ・満堂

<御讃題>
南無阿弥陀仏をとなふれば
十方無量の諸仏は
百重千重囲繞して
よろこび守りたまふなり

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 「石に布団は着せられず」というが、どうなのか。確かに、布団を着せるのはちょっとおかしいかもしれないが、そもそも石になお手をかけたいというようなかたじけない感じは、きょうびどのくらいの人が共感できるものだろう。洗ったり、磨いたりということなら布団をかけるよりは理にかなって、石に集中している感じはするものの、だからなんだと思う人も多いのではないか。(そもそもこの諺を知っている人はどのくらいいるのだろう)

 自分の葬式を想像してみる。若い頃は、友人の〇〇と□□は来てくれるだろう。△△さんは泣いてくれるかもしれない。いやしかし、両親は立ち直れなくなってしまうかも。そんなことを考えて、終身保険に入ったりした。独身だったし、せめて葬式代くらいは自分でだせるように。今ならどうか。現役の坊守の葬儀、住職ほどではないにしろ、きっとお寺で盛大にあげてくださることだろう。

 先日、会社員時代の先輩Aさんは、「私はさ、しんみりお経とかじゃなくて、みんな好きな音楽とかかけて、美味しいお酒とか飲みながら楽しくやってほしいなと思うのよね」とおっしゃった。カラッとすっきり、いつも明るく周囲を楽しませてくださるAさんのこと、ハンバートハンバートの「大宴会」のような葬儀をご所望のようだ。
 Aさんに限らず、自分が死んだら明るく楽しいお別れ会にしてほしい、言う人は、結構多い。(codama調べ)


老少不定

 人生には現役も引退もないだろうが、一般通念として、社会的な職分の引退はある。そういった意味で、現役世代の人が亡くなると、ご葬儀ではそれはたくさんの花があがり、悲嘆に暮れる多くの方々のお参りがあり、惜しまれ惜しまれ見送られていくことになる。友人や同僚、親類縁者に至るまで、元気で活躍している人が多く、「早すぎる」、「良い人は早く逝く」などと、そこかしこでその死を悼む人々の声が聞こえてくる。
 一方、100歳前後の方々、引退して長く、人によっては入院や施設に入ってからも長い、という方はどうか。縁の深かった人々は既に亡く、存命であっても参列できる状態にない。どうしても葬儀を案内するのは身近な家族のみになり、「大往生だったね」などと言いながら、小さな葬儀がしめやかに営まれる。


Yさんの話

 当山のおよそ20年ほど前の婦人会を支えてくださった、三銃士の一角とお聞きするYさん。そのご往生の報せがあった。長男さんが亡くなってしばらくの後、三男さんのお世話で地元を離れ、車で一時間半ほどのところにお住まいだった。電話口では、家族のみ数人で参列、通夜は営まず葬儀のみで式中初七日を、とのこと。住職とお話され、お通夜と葬儀を同時に行い、火葬後は納骨堂のある地元のご自宅で初七日をお勤めされることになった。

 仏教婦人会を率先して支えてくださる方というのは、ご自身が現役の時、ご自宅の仏事をとても大切に丁寧にお勤めされているのがほとんどだ。ご葬儀をあげてご家族をお見送りするときなど、身も心も尽くしてお勤めされる。Yさんをはじめそんな方々が、いざ見送られる時には通夜を省略され、荼毘にもふされぬうちに初七日までお勤めしようとされる。そうではなかったとしても、若い頃の活躍に見合う立派な葬儀とはいかず、なんだかやりきれない。私自身の祖母の葬儀を含め、100歳前後の方を見送るとき、いつもどこかにそんな気持ちがあった。もし今、私が死んだらどうなるか。立派な葬儀があがるだろう。当山の蓮華の会(元・仏教婦人会)に心を掛けてくださっているあの方、この方が長生きされ、遠くに引き取られ、見送る方も少なく、葬儀を簡略化され、なんなら明行寺にお勤めのお声がかからなかったら…… 。そんなことを考えながら、とてもモヤモヤした。人生の総仕上げみたいなものは、葬儀にはない。葬儀は、この世に残された者、葬儀をあげる側の者、そのご縁に遇う者のためであって、ご往生された方自身はもう、お浄土。人生の仕上げというのがあるとすれば、それは今ここにしかない。ここにしか……ないのだ!と、思うと同時に、お世話になっているご門徒方、おひとりずつの顔を思い浮かべながら、そのご家族としっかり関係をつくっていかねばならない、などと考えていた。


一人でも満堂

 そんなことを、Yさんの初七日から戻った住職に夕飯を食べながら話した。住職は、Yさんのご葬儀や初七日がご家族みんなで親密にあたたかくお勤めされ、とてもよい時間だったことを教えてくれた後、ぽつりとこう言った。

「まあ、お堂は一人でも、満堂だからねぇ」

 なんということだろう。まったくその通りだ。一人でイキがっていた自分を心底恥ずかしく思った瞬間だった。私が、今ここで、お念仏を申す。それだけだ。それだけで、いつでもどこでも「満堂」なのだった。もし、誰一人お参りする者がなく、花の一本すら手向けられることのないご縁だったとしても。Yさんは、命を遂げたその時に、お浄土へと拯いとられた。そのYさんがお念仏に遇うために、数えきれない命がやはりお浄土へとご往生され、そして今、私のお念仏へと満ち満ちて還る十方無数の諸仏となってくださっている。ご葬儀、ご門徒、お参りされるどなたか、ではない。ただ、私一人のために、私一人をめあてとして、この手を合わさせ、お念仏を申すようお育てくださるご縁なのだった。葬儀の規模の大小、そんなことに囚われ、どんなご葬儀もまたこの私のためのご縁なのだということから目を背け、「葬儀は見送られる側のものではない」と口では言いながら、その意味がちゃんとみえてはいなかった。


如実知見

 「あるがままにものをみる」とは、なんと難しいことだろう。というか、原理的に言って結局生きているうちにそれを体験することはない。ないだろうが、それでも。
 長年、当山の力になってくださったYさん。私は直接お会いすることはなかったが、最後の最後まで、新米坊守をお育てくださった。お浄土でお会いしたらお礼を言わなくちゃ。南無阿弥陀仏。イマ・ココ・満堂。

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