「ごめんなさい」
彼は優しい物語の読みすぎで
思考が見事に崩壊したらしい
目の前に転がる現実との乖離に
ごめんなさい。とだけ呟いて
私がようやく彼を訪ねると
白い部屋に紫陽花が飾られていたので
「梅雨ですものね」と言うと
「ごめんなさい」。
ランチの時間になったので
持ってきたサンドイッチを差し出し
「トマトはお好きでしたよね」と言うと
「ごめんなさい」。
それからボードレールの読み聞かせをしても、
ジョージ・ウィンストンの憧れ/愛を聴かせても
彼は中空を見つめたまま何度も
「ごめんなさい」。
「ごめんなさい」。
手遊びをしながら繰り返していた
お口に合わないのですか?
趣味が違うのですか?
悲しいのですか?
虚しいのですか?
何をきいても「ごめんなさい」。
その言葉しか知らない幼児のよう
彼の瞳は私を
いや全てを拒絶していた
彼は許しを乞うていたのではなく
諦めを包容した訳でもなく
ひたすらに愛しているのだ
このどうしようもない現実を
孤独という檻に閉じ込めた幻想の中で
そういえば
切り花は死体なんだっけ
別れ際に彼が紫陽花に触れながら
「ごめんなさい」と言ったそれは
どこか祈りに似ていた
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