見出し画像

【掌編】分けあった季節

神話創作文芸部ストーリア/お題【収穫】(1000字以内)


豊穣とは、枯れ朽ちる手前のいっときの喜び。祝福された実りを手にする人々にとって、収穫とは、その喜びを分けあう、かけがえのない作業だ。

幼馴染のフレイは、あどけなさの残る頬に土ぼこりをつけながら、僕の家の果樹園の収穫を手伝ってくれている。

「見て、ディン。とても立派な葡萄」

フレイは笑顔で、僕にたわわな一房を見せてくれた。そのうちの一粒が、フレイのエプロンのポケットに落ちた。

フレイは舌を出して笑い、そっとそれを口に運んだ。

「役得、かしら。ああ、なんて甘いんでしょう」

僕は、思わずフレイに見とれている自分に気づいて、慌てて咳払いをした。

豊穣の女神と同じ名前のきみに惹かれるのは、ごく自然なことなのかもしれなかった。だから、病にきみが侵されても、この気持ちを諦めることなど、到底できなかった。

僕は毎日のように——ではなく、毎日、フレイを見舞った。街で見つけた、フレイの好きな作曲家のオルゴールを渡すと、フレイは顔を紅潮させて喜んでくれた。

「大丈夫、私きっと良くなるわ」

僕は、その言葉の信奉者となった。

医師から、もう打つ手がないことを聞かされたのは、その年の果樹園の収穫が始まる直前のことだった。

痩せ衰えたフレイは、それでも回復を信じ、僕が顔を見せるたびにオルゴールを鳴らしてくれた。

ある日、ついにフレイはこう告げた。

「もう一度、あの果樹園を感じたい」

それから僕は夢中で、フレイの華奢というには儚すぎる身体を抱きかかえ、真夜中の果樹園へ向かった。

収穫を待つ、宝石のような果実たちが僕らを出迎えてくれた。甘い香りに包まれたフレイは、おもむろに自らの足で歩き始めた。

「ああ、なんて芳しくて優しいの」

フレイは、果実たちに向かって両手を広げた。

「ディン。まるであなたのようだわ」

真夜中の果樹園は月明かりに照らされ、小劇場の舞台のようだった。きみはそこで舞い踊る、文字通り命を燃やしながら。

銀の糸が、ふつと切れた。

——きみは、きみの愛した風景の中でその生涯を閉じた。その景色に、僕は居ることが果たして、叶ったのだろうか?

「フレイ」

女神の名を口にすれば、今でも脳裏に鮮やかに蘇る。きみと分けあった、かけがえのない実りと、それを連れてきた季節たちのことが。

〈fin〉

記事をお読みくださり、ありがとうございます!もしサポートいただけましたら、今後の創作のための取材費や、美味しいコーヒータイムの資金にいたします(*‘ω‘ *)