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安藤さん 安藤さん おはよう

永井玲衣

「ティラノサウルスの話とか
恐竜も見たことがあるって言ってた
地獄の話もあったかな
若い大学生とかくると
そういう話をしたがった
あんた知ってるか あんた知ってるか
原始時代はなあって」


三角公園での安藤さん(2013年)

「びしょびしょの3万円をもってきて
乾かしてほしいって言われて
もらったばかりのね
お金が入ると洗濯をまとめてするんだけど
ポッケにいれたまんま洗濯しちゃって
びしょびしょになっちゃった
どうしても乾かしてほしいって言われて
で、アイロンで3万円乾かして
前でうれしそうにそれ見て
そんで ポッケから通帳出してきて
通帳のほうがあかんやろって」

釜ヶ崎芸術大学の講座に参加する安藤さん


「おれ喧嘩したよ いっぺん
痛いばかやろーって、つかんできて
そのあと ずっと無視しとったん
知らん顔しとったんよ
ある日 デイサービスに
安藤さんきとって
向こうから 挨拶してきた
「あいっ」て 
これが挨拶
深入りせんと ちょっとそばにいる
これがいちばんいい関係やな
せやけど、痛かったよ あのとき」

安藤さんの絵

「はじめて会ったのは
2008年1月 つまりココルームが
新世界のフェスティバルゲートから
こっちにうつったタイミングなのね
当時の安藤さんっていうのが
一日何回も来るんだけど 扉を開けて
こわそうなひとが見えたら入ってこない
比較的やさしそうなひとがいたら
入ってくるのね
当時のココルームって
労働者 元労働者 ヤクザ 元ヤクザ
その中のひとりが安藤さんだった
誰かのとなりに わざわざ座って
ええ時計してんなって つねる
昔からそうなの
一人で端っこに座るとかじゃなくて
だから お客さん帰るのよ」

安藤さんの書 三角公園夏祭りにて

安藤さん あ 握手ですか
いたたたたたたた

「座っても注文もしないし
他のお客さん帰っちゃうから
たまらないのよね スタッフの気持ちは
出入り禁止にしてくださいって
何度も言われたの
でもね 当時のわたしは
そこでうんって言えなくて 
理由も説明できないんだけど

たしかに来て欲しくないのはよくわかる
でも このおじさんがなんでこんなで
こんなことになってるのかも含めて
よくわからない中来るわけだから 毎日
来ないでくださいって拒絶をすることに
どうしても首を縦にふれなくて
でもそれをスタッフに強要しても
よくないだろうなと
ふにゃらふにゃらね
決断をしなかったの


ココルームの壁に貼られた安藤さんの作品(2016年)

トラブルを起こすたびに
とにかくわたしも一緒に外に出て
話を聞くんだけど
だいたい何を言ってるかよくわからない
ひとしきり話をしてもらって いやあ
ともかく
ともかく
わたしたちみんなも気ぃわるいし
安藤さんも決して気ぃよくないでしょ
今日は帰ってね
また来たいなら気持ち切り替えて
また明日にしてね
っていう帰し方にしていたの」

夏祭りでココルームの書のブースで(2016年)

「面倒くさいひとだというのも
それはそれでみんな言うんだけど
ぼくは だいぶ おじいちゃんに
なってからの安藤さんなので
こっちがこまるというよりは
叱る ちょっとごまかしながら 
小学生みたいに
ここに来つづけて 
笑いでごまかして
しゃあないなってなるひとだから」

自作の作品とともに

「いつも突然やってきて
手を がしってつかまれて
すごい握力で握られる
ときどき ひっぱられて
ぺろって舐められて
そのときは もうやーめーてって 叫ぶ
そこまでいやなことされることって
あんまないから
嫌だって言えた 反応できた
普段は けっこう考えちゃうんだけど」

私が勝手に額装した

「海外ゲストの人にも
果敢に日本語で喋りかける
どこから来たんやって
向こうのひともなんとなくわかって
「タイです」って言うと
安藤さんは「ああ?」って
「タイです」「ああ?」「タイです」って
やりとりが何回か続いたあとに
「さいたまか」って
さいたまの話が安藤さんの方ではじまって
相手は ちんぷんかんぷんなの」


安藤さんの俳句「せいかほご もらても らくでわな。」
(生活保護もらっても楽ではない)

「歯がわるいから 刻んであげた
やわらかめのだし巻きを
きれいに食べてくれたんです
おかずなかったら 
安藤さん 卵焼こかって 
あたしのだし巻き好きだった」

「あんまり何言ってるかもわかんない
恐竜みたいにやってくるし
においをかいで 
これを食わせろって
ジェスチャーで伝えてくる
僕自身が動物として
どう生きるかをずっと考えているから
安藤さんの存在は参考になるっていうか」

2008年1月から安藤さんが通い始めたココルーム 右(2009年)

ココルーム一日に何度も来るけれど
表現には参加しなかった
わしゃせえへん、と安藤さん

「よくみていたら
安藤さんが悪いわけではないことも多い
相手のひとの方が無茶をいっていたりするそういうのを見たときは
間に立って 話することもあったよ
是々非々を心がけて
安藤さんとのつきあいを
わたしなりに気を配っていた
そうしたつきあいが一年半くらい
あったときに 手紙を書く会を
さあはじめようのタイミングで来て」

安藤さん いきなり亀を描く

誘われつづけている安藤さん
断りつづけている安藤さん
でも その日は断らなかった

「となりに座って
手紙を書き始めるんだけど 
手 とまって
ひらがなの書き方をわたしにきいてくる
こうやでって 見本を書く
そこではじめて
字が書けへんことを知るわけですよ

安藤さん 口が達者だったので
字を書けへんってことを
1mmも想像したことがなかったのね
そりゃいままで
カルタとか俳句とか書とか
断るわけで
その理由を言う必要なんて
もちろんないわけで
安藤さんの苦労を思うと
大変やったやろうなと思う」

入院先にお見舞いにいくと

「間に立つことを
信じてくれたんやろうな
ずっとこの間 見られていたんやなって
これまで 伝えなさい言いなさいって
教えられてきたけど
そこにいるひとたちが聞いてくれる
認めてくれるひとたちがいるっていう
場所をつくる 空気をつくるほうが
よっぽど大事なんやって
誰も教えてくれへんかったこと
教えてくれたの 安藤さん」

そこで終わることなく
そのあともめちゃくちゃ喧嘩する安藤さん


コラージュにも挑戦する安藤さん

銀河鉄道をつくったらしい
生まれたばかりの赤ちゃんに「はたらけ!」
明るい色の帽子が好きやった
絵を描くようになる 本物よりおもろい
假奈代さんのお腹から生まれたかった
閻魔大王に3回断られた
しぶしぶカンパに10円出す
ココルームに入れずにいる若者に
「はいれや」ってうながしてくれた
喧嘩して気まずいと絵を描いて持ってくる
たくさんの たくさんのひとに
助けられていた
助けてもいた
安藤さん

現代美術家 嶋本昭三さんの作品に、安藤さん描く

安藤さんは銀河鉄道に乗って
どこまでも どこまでも どこまでも

「おだやかな顔になってたんだよね
死ぬ間際に
病気ですごく苦しいあかんっていう時とか
元気だけど けわしいときもあるし
そういう表情からふっと抜けて
なんかもう別人の安藤さんで」

「亡くなる数ヶ月前に
残高0になった預金通帳を
拡大コピーしてもってきたの
しょうがないから
額装したんです」

「もうなんかね、丸く小さくなって
せきこんで 意識もうろうみたいな感じで
もう目もひらかなくて 誰が誰だか
手をにぎって
安藤さんって言ったら
目があった気がして
力が強くて
そこでそんな力つかったら死んじゃう
もういいからって」

お葬式はココルーム

お葬式は釜芸(ココルーム)のテラスで (2023年12月)

ぬいぐるみだらけになった安藤さん
ゲストルームのお客さんもたくさんで
たまたま大学生と小学生も訪ねてくる日で
とにかくめちゃくちゃな葬式
安藤さん

「棺の中の安藤さんとすごく近く感じた
でもこれだけ近く感じるって 死を
手で触らしてくれた感じがありましたね」

「死が遠いものになっているじゃない
病院で死んで お葬式も葬儀場で 
死を見送るの 避けているような
安藤さんのお葬式
自分たちの死を自分たちに取り戻すような行為だったかなと思うんだよね
誰かの死を
わたしたちのものとして取り戻す
安藤さんの死を通して
わたしたち
こんなふうに死んでいけるって
最後の最後まで教育的でしたね」

この日は社会見学で小学生が来たり、大阪大学との協働釜芸カマハンもあり、大学生も訪れた

「安藤さんがすごかったのは
出歩いていく力 
生きる力がすごいよね
もうひとつ よかったなと思ったのは
呼びかけつづけたことかな
その時 ことわられても 
ずっとその状態じゃなくて変化していく
誰が どっちが ということではない
呼びかけということが何かを
つないでいくんだろうなと思って」


1986年の安藤さんの写真

安藤さん 安藤さん
今日はどちらへ

「どこかで歩いてる気がする
誰もいないココルームで仕事してたときに
カフェの椅子が ぎぎぎぎって
そういうときも
安藤さんかなって思っちゃう」

あら安藤さん
こんにちは
わあ

力つよいなあ


通りかかったフランス人がココルームのことを描いた図(2010年)

2024年2月29日 ココルームにて
假奈代さん、げんちゃん、ふうゆちゃん、しょうゆさん、通りがかりの伊藤さんに話をきく


2023年12月 安藤さんのお葬式はみんなに開かれた



テキスト:永井玲衣
人びとと考えあう場である哲学対話を行っている。エッセイの連載のほか、政治社会についておずおずとでも語り出してみる場「おずおずダイアログ」、せんそうについて表現を通し対話する、写真家・八木咲とのユニット「せんそうってプロジェクト」、Gotch主催のムーブメントD2021などでも活動。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)。第17回「わたくし、つまりNobody賞」受賞。詩と植物園と念入りな散歩が好き。釜ヶ崎には2020年頃から何度も足を運び、歩いている。

現在、ココルームはピンチに直面しています。ゲストハウスとカフェのふりをして、であいと表現の場を開いてきましたが、活動の経営基盤の宿泊業はほぼキャンセル。カフェのお客さんもぐんと減って95%の減収です。こえとことばとこころの部屋を開きつづけたい。お気持ち、サポートをお願いしています