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僕たちはどうやって、まちに愛着を持っていけるのか。梅田の!ローカルメディア座談会、第3回レポート!

その昔、「閉店したお店にインタビューする」という特集を思いついたことがあった。きっかけは至極単純だ。梅田の外れにあった喫茶店が閉店することに決まり、その場所がここにあった事実をどうにかして残したくなったからだ。

「家賃」と堂々と言えるほど週に何度も訪れてコーヒー代をつぎ込んでいたその店は、梅田で10年近く営業されていたのだという。店主の奥さんの「喫茶店でもやりたいねえ」の一言をきっかけに、定年を機にオープンしたそうだ。そして何より好きなのが、店主はコーヒーが飲めないという事実。コーヒーを淹れては奥さんに味見してもらい、今の味に辿り着いたらしい。その奥さんも3年前に逝去され、特にやることもないのでダラダラと続けていたが、持病の問題で閉店を決めた。「僕、この店のコーヒー好きでしたけどね」と言うと店主は「俺飲めねーから味、わっかんねえんだよなぁ」と笑っていた。何かから解放されたような顔つきでもあった。

梅田では1年で約100店舗の飲食店が閉店するのだという。心身の都合だったり、家族のアレコレがあったり、経営が立ち行かなくなったりと閉店の理由は店それぞれだ。すでに閉店したお店も含めて、計5店舗ほどにインタビューしたはずだが、どのインタビューの最後にも「この街は好きでしたか?」と質問していた。ほとんどの人が「どうだろうね」と悩んだ末、「嫌いじゃなかったね」と笑っていた。予定していたすべての店舗のインタビューを終え、いざ原稿に取り掛かろうとした矢先、僕の好きなPOPEYEの創刊メンバーである都築響一さんが『Neverland Diner――二度と行けないあの店で』という、まったく同じテーマの本を出版した。その知らせを友人から聞いて、僕の閉店特集はボツになった(もちろんその本は買いましたが、数年経った今でも好きなくらい素晴らしい本でした)。

そんな思い出があるまちで行われた、「梅田の!ローカルメディア座談会」。第1回第2回に引き続き、今回は梅田の端っこにある高架下「OSAKA FOOD LAB」での開催となりました。上の画像にある「梅田」という文字のオブジェを見かけたことがある人は多いのではないでしょうか。なんとあのオブジェの予備が会場内に格納されており、どこか梅田の守護神に見守られているような気がしながらの、第3回の開催です。

ザ・高架下!会場内にはプロ仕様の常設キッチンスペースがあり、さまざまなイベントに活用されています。

半屋外、しかも上では電車が数分おきに通るという、梅田を肌で感じるロケーション。去年のこの日の気温と比べて、なんと10度も低かったそうです。参加したみなさん、寒かったですよね(すみません)。気持ち程度のカイロをお渡ししておりましたが、それでも寒さには耐えきれない様子の大人たちを貼っておきますので、今からでもほっこりしてください。

なぜか会場では昭和歌謡がリピートで流れ続けてました。坂本九「上を向いて歩こう」が流れている中、上を向いてストーブに群がる大人たち。けっして怪しい儀式ではありません。

座談会は本プロジェクトの経緯説明からスタート。今回、企画背景を説明してくれたのは阪急阪神ホールディングスの倉石さん。会場にはすべての回に足を運んでくださってる方も多く、「何回目やねん!」とツッコミが飛んできそうですが、阪急阪神ホールディングスが掲げる梅田の未来を考える「梅田ビジョン」の説明も交えながら、丁寧に経緯を話してくださいました。

第1回・第2回は阪急電鉄の永田さんが担当していた企画背景を説明する倉石さん。筆者は個人的に倉石さんの声が好きで、すごく安心します。

企画背景の説明後は、前回までの振り返りに入ります。本イベントでは、いわゆる模造紙やタブレットにペンで描くグラフィックレコーディングという形式ではなく、デザイナーがイラストレーターでビジュアライズした内容まとめをイントロダクションしていきます(何言ってんだ)。要するに、今までの話の内容のまとめを視覚的に紹介します。

第1回のゲストは藤本智士(ふじもと・さとし)さんと田中輝美(たなか・てるみ)さん。スクラップ&ビルドを超えた梅田という街のありようをどう模索していくのかという話や、地方における関係人口ではなく、都市における関係人口をつくっていく新しい意味合いを持ったメディアであれれば、という話が展開されていました。
※関係人口:「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉(総務省サイトより引用)
第2回は、ゲストにエッセイストの島田彩さん・編集者の今井夕華さんを迎え、「孫力(まごりょく)」というキーワードを手がかりに、愛される前にどう愛するのか、そのような取材や関係性づくりの方法やテクニックとはどんなものなのか、などについて深掘りしていく回となりました。

さて、お待たせしました。お待たせしすぎたのかもしれません。振り返りと参加者同士での自己紹介などを終え、いよいよ今回のゲストの活動紹介がはじまります。今回のゲストは、編集者やメディアコンサルタントなども務める影山さんと、ローカルメディア「ジモコロ」編集長を7年務め上げた柿次郎さんです。

椅子ではなく段差に座りながらトークを展開するおふたり。距離感も相まってわちゃわちゃしながら活動を紹介していきます(写真左が影山さん、右が柿次郎さん)。

プロフィール 影山 裕樹(かげやま・ゆうき)さん 合同会社千十一編集室代表 1982年東京生まれ。編集者、文筆家、メディアコンサルタント。合同会社千十一編集室代表。アート、カルチャー書の出版プロデュース、ウェブや紙媒体の編集、執筆活動の他、近年は「CIRCULATION KYOTO」(2017)、「KOBE MEME」(2018-19)など全国各地の地域プロジェクトやクリエイター向けワークショップの企画立案、ディレクションなど幅広く活動を行なっている。著書に『ローカルメディアのつくりかた』、編著に『あたらしい「路上」のつくり方』などがある。2017年にウェブマガジン「EDIT LOCAL」を立ち上げ、ディレクターを務める。

徳谷 柿次郎(とくたに・かきじろう)さん 株式会社Huuuu代表取締役 株式会社Huuuu代表。編集者。1982年大阪生まれ。長野県在住。コンテンツメーカー「有限会社ノオト」、「株式会社バーグハンバーグバーグ」を経て、2017年に「株式会社Huuuu」を設立。全国47都道府県のローカル領域を軸に活動している。どこでも地元メディア『ジモコロ』編集長7年目。長野県の移住総合メディア『SuuHaa』を立ち上げたり、善光寺近くでお土産屋『シンカイ』を運営したり、自然と都会の価値を反復横とびしている。

一人目のゲストの柿次郎さんは、大阪出身。「十三・新大阪・梅田あたりでよく遊んでました」と当時を振り返りながら活動を語ってくださいました。青年時代まで大阪で過ごし、上京してメディアに関わる仕事を経て、さまざまなローカル領域の活動へ。広告のないオウンドメディア「ジモコロ」での仕事や、「編集の力で今に風穴を」というテーマを掲げる「株式会社Huuuu」設立、現在お住まいの長野県の移住総合メディア「SuuHaa」立ち上げなど、活動は多岐に渡りながらもより密接にローカルと関わり続けている、ローカルプレーヤーの第一人者のような人です。

当日は10度とかなり冷え込みます!という運営からの連絡に「いま0度なのでいける!」とこちらの想像を上回る柿次郎さん。当日は大雪で来るのも大変だったそうです。

もう一人のゲストの影山さんは、メディアコンサルタントとしてローカルメディアのみならず、さまざまなメディアの編集やコンサルも手掛けておられます。「ローカルメディア=情報発信に囚われている。メディアは異なるコミュニティを繋げるための手段であり、小さい多様なメディアが割拠するこの地代に、どのようにコミュニケーションを促進していけるのか?」と、活動紹介の中でさっそく影山さんから問いかけが。会場のボルテージがグッと上がるのを感じます。

スライドに映っているのは「裏輪飲み」という、百均で買ったカゴと磁石で町を立ち飲み屋にしてしまうという、パブリックな遊び。大人が段差に座って話していると、なんだか悪巧みしているみたいですね。

もちろんお二人とも重なる部分は多いのですが、マクロな視点でローカルに関わってきた影山さんと、ミクロに関わってきた柿次郎さんとのコントラストが活動紹介の中ですでに反映されており、お二人の視点や経験の違いがセッションを盛り上げます。進行を務める阪急電鉄の永田さん、ここにある代表の藤本の「うわ〜もうおもしろい」というリアルな反応がオーディエンスの気持ちを代弁しているようです。

第3回も60名ほどの参加があり、ほぼ満席。第1回、第2回を聞いて参加してくださった方も多く、このプロジェクトの注目度がたしかに表れていました。
会場には第1回のゲストでもある、藤本智士さんが遊びに来てくださってました。別の回のゲストが遊びに来てくださるのは、運営としても嬉しいかぎりです。もちろんストーブ前です。

パソコンで完結する仕事ではなく、身の回りで表現ができる仕事へ

「柿次郎さんはどうして東京から長野へ?都市での経験と、長野での活動ではどんな違いがありますか?」

第1回でゲストの藤本智士さんがおっしゃった「こうした活動を経済合理性に回収されずにどう展開できるか?」という問いかけを、進行の藤本が引用してゲストに語りかけるところからセッションがスタート。「Youは何しに長野へ?」みたいな質問だなと思いながら聞いていました。

その問いかけに対して「自然の中での自分の生活力を確かめたかったというのが本音ですね。いわゆる生存戦略に近いかも。好奇心が伸びた先がたまたま長野だったんです」と語る柿次郎さん。

「長野に拠点を移して変わったことは、自然と仕事のバランスもそうですけど、スペースや物件へのアクセス。とにかく借りたり使ったりするための費用が安いんです。だから自分の生活圏内を少しずつ遊び場にしていきやすくて、リアルな場でアウトプットできるんですよ。例えば、今住んでいる集落には本屋がないんですけど、その中で”本屋”という形でコミュニケーションができる場をつくったらおもしろいんじゃないか、みたいなことがやりやすいんですよね。僕が読みたいから定価で買った本を定価で売る”トントンブックス”みたいなのっておもしろくない?」

まるで子どもがいい遊びを思いついたかのように楽しそうに話す柿次郎さん。パソコンの中で完結する仕事じゃなく、身の周りで表現ができる、その距離の近さや実現するまでのスムーズさが変わったのかもしれないと語ります。

それを受けた影山さんが「編集者って百姓化してきてるよね」と一言。この言葉に、会場が5センチほど前のめりになった空気を感じます。

「芸人さんとかとも少し似てて、お笑いだけじゃなくて◯◯芸人!とか越境せざるを得ない感じがあるというか、その越境にこそ価値があるというか。編集者もそうなんですよね。ひとつだけじゃ厳しいからどんどん越境して価値を掛け算していく。地域でそうした動きをしている編集者ってたくさんいるんですけど、見えにくいから知られていなくて。でもその掛け算こそが地域で価値を生むし、実は外から見ると何してるか分からない人が重要だったりするんじゃないかな。だから全員、編集者って言っちゃえばいいと思うんですよ(笑)」

柿次郎さんのミクロな経験を、影山さんのマクロな視点でまとめていく。個人的にこの掛け合いが非常に面白く、学びのある時間でした。

編集者やデザイナーの百姓化

「藤本さんも編集者という肩書きではないにしろ、活動の中で編集者のような動きをされてますよね。梅田でローカルメディアをやるなら、全員が編集者のような動きをしていくとおもしろいかも?」

影山さんや会場からの問いかけを受けて、セッションはデザインや編集というテーマにスライドしていきます。

「地方のデザイナーさんとか、意外と景気が良いんですよ(笑)例えばどんなことをしてるかって、農家さんのパッケージのデザインとか、ホテルの経営まで本当に何でもやるんです。ただグラフィックやWebサイトを作るだけじゃなくて、地方ではデザインの領域が増えたというか、まだまだ眠ってるんですよね」

その言葉を受けて「そこを追っかけていきたいですね、編集者も。何をやってるか分からないレベルまで色んなことを楽しみながらやる。そういう人たちが全国に散らばっていけば面白くなる気がしますね。そしてどれだけその場所に愛着が持てるか?も大事だと思うし、活動していくうちに勝手に愛着なんて湧いてくるから」と柿次郎さん。

専門的な動きだけでなく、職能や職域を広げることで関われる仕事がたくさんある。それはつまり、自分の仕事の可能性を自らの手で広げていくことにも繋がります。そして人が不足している地方ではまさにそういう動きをしてくれる編集者やデザイナーのような人間が求められている。梅田という都市の中でも、そこに何か活動のヒントがあるような気がします。

会場の入り口をふと見ると、ジョギングされている方が。この多様さも梅田の持つ魅力のひとつなのかもしれません。違うか。

都市とひとくちに言っても、そこに住む人や仕事や景色はさまざまで、それは時間と共に移り変わっていく。その変化の中でどう梅田らしさを発掘していけるのか、編集していけるのかが大事なのかもしれない。何を受け継ぎ、何を残し、何を培って育んでいくのか。そしてそれらにどう主体的に関わり、「まち」をさまざまな人たちと一緒につくっていけるのか。経済主体の都市である梅田で、どのように活動を担保していけるのか。それは決してこの場にいる私たちだけで考えることではなく、事業者や企業、ワーカーのみなさんや暮らしている方々と一緒につくっていくものだとも感じます。

セッション後、意見や感想の交換も頻繁に行われていました。こうした時間や場をつくるのも、編集でありデザインであるのかもしれません。

そんな第3回のセッションをグラフィックでまとめたのが以下の画像。ぜひ振り返りやおさらいにお使いくださいませ。

「編集者・デザイナーの百姓化」について。好奇心や孫力を媒介に、場を開いていく。それはいわば「楽しそう!」をつくることなのかもしれません。「今楽しければそれでいいの?」なんてよくささやかれますが、「楽しい」をつくるのには、それなりの労力が必要です。身内だけでなく、外にも開かれた「楽しい」は、これからもテーマになるかもしれません。


こちら、当日は参加してくれた皆さんからの記入のみで終わりましたが「おまえの梅田をおしえてくれ」コーナーより抜粋(柿次郎さんの『おまえのローカルをおしえてくれ』のオマージュです)。ここにあるだけでも多種多様な思い出や関わりのあるまち、梅田。そのぶんだけ広い関わりしろがあるとも言えそうです。

第1回から第3回まで、約1ヶ月の期間を経て開催された「梅田の!ローカルメディア座談会」。意見がすべて綺麗にまとまったわけではなく、考えるきっかけをいただいたり、面白がる・好きになる「孫力」をお裾分けしてもらったりと、私たち運営が考える想像以上の場になったと思います。なんなら僕は、このプロジェクトをきっかけに、さほど興味のなかった「梅田」というまちに愛着を持ちつつあります。それは柿次郎さんが言った「活動していくうちに愛着なんて勝手に湧くから」という言葉の通りで、愛着は持つものではなく、勝手に身体に馴染んでくるようなものなのかもしれません。

運営メンバー(進行役)とゲストの集合写真。高架下の工事風景も、僕はこの街の魅力のひとつであるような気もするのです。

この日の帰り道、僕は冒頭の喫茶店のことを思い出して、久しぶりに寄ってみた。その喫茶店は梅田の外れの、ぽつんとした一軒家のような場所のはずだった。けれど喫茶店のあった場所には、ピカピカのマンションが建っていた。一瞬、寂しく感じていたところ、ひとつの家族がそのマンションに仲良く入っていくのが見えた。「あの新しくできた焼肉屋、美味かったなぁ」と会話が聞こえる。つい数瞬前まで寂しく思っていたはずなのに、僕はその光景をどこか愛おしくも思ってしまった。知らないまちの知らない路地で生きている誰かがいるように、知っているまちの知っている場所でも、知らない誰かが生きている。変化は痛みや寂しさを伴うかもしれないが、それだけではないはずだ。

まちも人も生きている。生きているかぎり、変わっていく。多様な変化が目まぐるしいスピードで巻き起こされるこの「梅田」というまちで、僕たちはいったい何を受け継いで、何を残して、何をつくっていけるのだろう。梅田という都市でローカルメディアをつくるというこの一大プロジェクトは、僕たちが生活していく上で欠かせない梅田という都市を少しずつ好きになる、愛着を自ら持っていく旅路のようなものなのかもしれない。

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「梅田の!ローカルメディア座談会」は第3回でひとまず大団円。しかしプロジェクトはもちろん続いていきます。3月末にはセミクローズドな意見交換会・企画編集会議も企画していますので、関心のある方はぜひ以下よりお申し込みください!

◉日時・場所
①DAY1
2024年3月23日(土)10:00-12:00
@阪急電鉄本社ビル・会議室

②DAY2
2024年3月25日(月)19:00-21:00
@NORIBA10 umeda(新しく阪急大阪梅田駅の改札前にできた空間です!)
https://noriba10.jp/

▼申し込みはこちらから!!
https://forms.gle/158PgRdE2CfA9Zsw9

筆者プロフィール
白川 烈(しらかわれつ)/ (株)ここにある・コピーライター
1994年生まれ。物書き、コピーライター。(株)ここにあるでの活動の他、絵本『やさしいて』(ゆずりは出版・2021年)、エッセイ集『忘れた傘で雨をしのいで』(BEKKO BOOKS・2023年)などの作家活動や、詩集の選詩や編集なども手掛ける。自身のnoteにて「今日のうんち」という散文を2018年より毎日更新中。神戸の古着・喫茶アレリナにて、エッセイの週刊連載なども担当。うつくしいものを見たり、見つけた瞬間に、生きるってなんて素敵なことなんだろうと思います。

写真:水本光

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