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アジア最大の同性愛者向けのSNSを作った元中国人警察官


今年の6月16日に、男性同性愛者コミュニティアプリのBluedを運営しているBlueCityという中国企業はアメリカ証券取引委員会に新規上場申請書を提出しました。Bluedはどういうアプリかというと、「男性同性愛者に特化したLINE+ライブ配信機能」と考えればイメージが掴めると思います。現在、210カ国4900万人の登録ユーザーを保有しています。月間アクティブユーザー(MAU)の600万人のうち、半分ぐらいは中国以外の地域からのユーザーです。2019年の売上は約115億円で、主にライブ配信、有料会員費、そして広告で構成されています。

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ある統計によれば、2018年年末の時点で、世界の約2%、つまり約2億人は男性同性愛者だそうです。社会からの理不尽な偏見などが原因で、彼らの存在感が人数の割に強くはないものの、実は大きなコミュニティでもあり、大きなビジネスチャンスを秘めています。

Bluedの生みの親である、Bluecityの創業者は耿楽(以下、耿氏)という男性同性愛者です。様々な理由で誰にも自分の性的指向を言えず、女性と結婚し、警察官に就職しました。そのあと、長い間こっそり男性同性愛者に特化するウェブサイトを運営していました。8年前にようやく世間に打ち明け、Bluedを立ち上げ、中国の首相と握手し、脚光を浴びる創業者になるという波乱万丈の人生を歩んで来ました。これから、耿氏がある講演で語った彼自身の生い立ちを紹介します。

悩みを抱いた警察官

「私は昔、警察官を務めました。1992年に警察学校に入校し、1996年に卒業しました。ちょうど思春期にあった私は自分が周りの人々と違うことに気づきました。女の子に興味がなくて、逆にクラスメートの中の格好いい男の子のことを凄く気に入りましまた。その時に、学校では「犯罪心理学」という授業があって、その中で「同性愛は反社会道徳的な行為で、一種の精神病だ」という説がありました。(注:中国では1997年に同性愛が違法であるという法律を撤廃しました)その時、とても怖かったです。何らかの疾患を患って、どこかで治療を受けるべきだと思い込んでしまいました。世間にばれたら、差別や偏見を受けることを恐れ、心苦しかったです。

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1996年にインターネットは初めて中国を訪れました。ネットで同性愛について、そして、自分について、調べました。「私は誰なのか、なぜこのようになっているのか」と。その時、中国語のウェブサイトから得た回答は警察学校の教科書とはほぼ同じでした。「同性愛は変態で、反社会道徳的だ。薬を飲むべきだ。必要な場合、電気ショックで転向治療を実施すべきだ」とも書いてありました。幸いなことに、その後、世界保健機関(WHO)やアメリカ心理学会など海外のウェブサイトで調べて、ようやく「異性愛のように、同性愛は生まれつきで、変えられない正常の性的指向であること」が分かりました。

それをきっかけに、あるアイディアが私の頭に生まれました。非営利的なウェブサイトを立ち上げ、同性愛の本質や差別対象にすべきではないことを世間に伝播したいと考えました。そして、人口の5%の同性愛者に、「あなたたちは変態ではない、治療を受ける必要がない、あなた達にも幸せな人生を享受できるよ」というメッセージを伝えたかったです。

同性愛者向けのウェブサイト

2000年、当時23才だった私は中国最初の同性愛者ウェブサイトの一つの「danlan.org」を立ち上げました。そのウェブサイトは主に男性同性愛に関する知識や文学と、ユーザーが投稿できる掲示板で構成されていました。昼間は異性愛者を装いながら、警察官の仕事をしました。同僚達が女の子について話す時に、私も興味がるふりをしました。夜になると、一人で部屋でウェブサイトを運営しました。

2000年から2006年までの6年間は私一人で運営しました。その時、私は既に副課長レベルの警察官になり、仕事で非常に忙しかったです。ウェブサイトも非常に順調でした。多くのユーザーがウェブサイトを訪れ、そこで彼らのストーリーや感情を他の同性愛者と共有していました。私一人でどうしても回せなかったので、2006年に同じ興味を待ち、社会的に何らかの貢献をしたい人を数人採用し、一緒に「danlan.org」を運営し始めました。基本、私は警察官の仕事で得られた給料と、ウェブサイトから得られた少ない広告料で、諸々の運営費用を払いました。当時の皆は凄く熱意があって、インターネットを通じて人々の生活をよりよくすることと、人々に希望を与えられるということを信じていました。

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2008年に中国は五輪を開催しました。その年に、新華社(注:事実上、政府の正式な報道を独占する政府直属の機関)はある記事を出しました。記事の主旨は、「中国は開放的になりつつ、包容的になりつつあります。中国にはdanlan.orgのような同性愛者向けのウェブサイトがあって、政府がそれらを支持します。世界各国の同性愛者選手を歓迎します」ということでした。

新華社の記事に希望を与えられた私たちは、北京に行き、そこで「danlan.org」を本格的に事業化し、より多くの人々に我々のサービスを提供することに踏み切りました。最初の頃は凄く辛かったです。お金がなかったので、会社オフィス兼社員寮として地下一階のワンフロアを賃借りし、そこで作業をしたり、ご飯を作ったりしました。多くの広告主も我々が同性愛者向けのウェブサイトと聞いたとたん、二の足を踏みました。もし我々のウェブサイトで商品の広告を出したら、その商品が同性愛者のためだけの商品だと見受けられるという恐れが、広告主にあったようです。

2012年に、編集者の友人に声をかけられ、提案を受けました。「あなたが警察官でありながら、同性愛者向けのウェブサイトを運営していることは大変面白いです。私があなたのストーリーをドキュメンタリーとして撮影したらより多くの人々に知らせることができますよ」という提案でした。当時、私はまだ警察官の仕事をやめていなかったし、家族にも自分が同性愛者だということを打ち明けていませんでした。しかし、そのドキュメンタリーが配信されたらユーザーも広告主も増えるのではないかと考え、受け入れました。結局、そのドキュメンタリーは想定通りにヒットしました。配信された直後に多くの友達から「あなたがまさかゲイだなんて」というようなショートメッセージが来ました。当時の警察の上司も私に、「もしウェブサイトを続けたいなら、警察官を辞めろ」と伝えました。私は、「danlan.org」をより大きくしたくて、より広く認められたくて、より多くの人々を助けたかったので、警察官を辞めました。

HIVの感染予防

北京に来た後に、一つの不幸な出来事が発生しました。周りの友人の中の数人がHIVに感染しました。その前は、HIVが自分の世界から遥かに離れていたと思い込んでいましたが、実際に自分の友人にも起きることを知った瞬間、大変大きなショックを受けました。それをきっかけに、HIVについて色々調べました。それで分かったのは、性行為の際にちゃんとコンドームを使用すれば、ほぼ完全に予防できます。万が一HIVを感染しても、国から無料の薬をもらえます。それを飲めば、長い間普通の人とほぼ変わらない生活ができます。私は「danlan.org」を通じてそういったHIVの感染予防と治療に関する知識をより多くの同性愛者に伝えられないかと考え、色々な試みを始めました。

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ある日、北京市のある区レベルの公的予防センターを訪問しました。そこの責任者に「我々は中国最大規模の同性愛者向けのウェブサイトを運営していて、インターネットを通じてHIVの予防に貢献したいです」と伝えました。その責任者は非常に喜んで、「当センターはずっと同性愛者にリーチしたかったですが、なかなかどこにいるか見つけられなかったんです。結局、皆あなた達のウェブサイトにいるんですね」と言いました。それからは、そのセンターと連携し、HIVの予防と検査から、感染者への薬と心理的なサポートの提供まで、様々な面でHIV対策に取り組みました。

中国首相と握手した

その後、提携する機構のレベルが高くなり、区の予防センターから国家衛生委員会(注:日本の厚生労働省の医療機能に相当する国家レベルの行政機関)、そして世界保健機関(WHO)とまで提携できました。2012の11月に政府から「ある政府の高官があなたに会いたい」との連絡がきました。国家衛生委員会のトップではないかと推測しましたが、実際に会ったのは李克強総理(注:中国政府の実質ナンバー2)でした。総理は私と握手し、「あなた達はよくやっています。お疲れ様でした」と褒めてくださいました。総理と会ったことは私たちに自信と勇気を与えました。私たちがやっていることは非常に大きな社会的な意義があって、多くの人々に認めてもらっているという確信が強まりました。その後、よく国の幹部と一緒に国連などで講演し、中国でどのようにインターネットを生かし、HIVを防止しているかを紹介しました。

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2012年からBluedという男性同性愛者向けのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)アプリを運営し始めました(注:その前は前述の非営利的なウェブサイトのみを運営てしいました)。先日、1億米ドルの資金調達を達成しました(注:約100億円。それは2018年の時点の資金調達で、今ではそれを遥かに超えるはず)。警察官から創業者になる道は決して平坦ではなく、色々な難局を直面し、時々周りにいかがわしい者として扱われましたが、それこそが価値があるのではないかと思います。私は皆さんが自分と違う人を受け入れることを望んでいます。性的指向が違った人々でも、受け入れるべきであり、尊重すべきだと主張したいのです。」

日本にも来た

今では耿氏と耿氏が率いるBluedは中国のみならず、アジアでも圧倒的一位の男性同性愛者向けのSNSアプリになっています。実は、求人サイトWantedlyによれば、2019年に渋谷区で日本支社を立ち上げ、YJキャピタル(Yahoo Japan Capital)のOBを支社長として起用したようです。

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プライベートの面で、耿氏は5年前から今のパートナーと付き合い始めて、両親とも顔合わせしました。耿氏は、今の多くの若者が自分の性的指向を公開することを見て、とても嬉しく思い、当時の自分はそうする勇気がなかったと言いました。それに中国のLGBTの権利改善についても耿氏は楽観的な見方を示しています。「10年以内に同性婚が合法化されると思います。その時に、私は彼氏と一番早く結婚したい」と言いました。


参考資料:

‘http://tech.sina.com.cn/i/2018-05-11/doc-ihamfahw4046264.shtml’

'https://techcrunch.com/2020/06/17/blued-ipo/'

'https://mp.weixin.qq.com/s/KVm0JhUmSEAAqGST61BhNw'

'https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-38871903'

'http://www.xfrb.com.cn/article/stjj-ssxw/21023155117434.html'

'https://www.tmtpost.com/1040321.html'

‘https://www.blued.com/jp’

'https://www.wantedly.com/companies/company_9005913'


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