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隣の二階堂さん

自分磨きは自分のために行うものなのか否か(第71話)

 隣の二階堂さんには変な癖がある。
 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
 最近では彼女が何かに煮詰まってきている時に自宅に招くことをあたしも夕凪ゆうなも楽しみにしている。

 …………

 今日は壁を叩く音がしない。最近では本人も気にしているのか……音がしない日もあるのである。
 4歳になった夕凪ゆうなは残念そうにあたしを見る。
 音がしなくてもいい。
 ここのところ会って話もできていないし、夕飯でも一緒に食べよう。

 あたしは夕凪ゆうなに言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?夕飯でもいかがですかって。』

 --------------

 ここのところ無駄に疲れる出来事が多かった。

 金曜日は無駄に長い会議に悩まされたし、ロミオとジュリエットの喧嘩にも巻き込まれた。
 土曜日は楽しかったけど、その分、日曜日は最悪だった。そして昨日はやっと解放されたと思って家に帰ってみると姉がまだいたのだ。
 なにやらいろいろ言っていたけどようは月曜日もお休みで、仕事は火曜日の夕方かららしい。
 日曜日は夜勤明けで寝ずに遊んでいたということになるのだが、こういう狂ったような人間に狂ったような体力を与えるのは世のため人のためにならないなあ……とつくづく感じた。

 それで今度こそ火曜日の朝に姉を駅まで送った。
 しっかり帰るのを見届けてから出勤したが、夕方、玄関を開けると、姉がいるような気がしてビクビクしながら玄関を開ける羽目になってしまった。
 あたしがそーっと玄関の扉を開くと、姉はやはりちゃんと帰ったらしく、もう誰もいなかったので心の底からほっとした。

 ほっとしたら疲れた。
 何か疲労回復するものを食べたい。
『こねり』でも作ろう。
『こねり』とは大分の郷土料理で、ゴーヤとナスを炒めたものに、出汁でといた味噌で味付けして水で溶いた小麦粉を入れてとろみをつけたものだ。

 あたしの場合は普通に水で溶いた白みそで味付けして、ちょっとみりんやお砂糖を入れて少し甘味をつけて、最後に鰹節をかけて食べる。場合によっては茗荷みょうがなどの薬味を入れても美味しそうだ。

 ゴーヤを切ってナスも少し大きめに切る。
 ゴーヤは苦くて苦手だという人もいるけど、この苦みが美味しいのだ。

 フライパンの中で『こねり』が出来上がった。
 いい匂いがする。
 皿に移してラップをかける。
 美味しそうだ。

 そういえば日曜日に作った常備菜は姉と松沢さんにすべて食べつくされてしまった。
 女子は女子だけでいるとなんでこんなに行儀が悪いのだろうか。

 そういうところだぞ。恋人ができない理由は。

 いくら表面だけ取り繕っても仕方ないのだ。
 人間、中身が大事だ。
 つまりは、人が見ていようと見ていなかろうと、所作は美しく振舞う。
 自分らしく美しくあるためにはどうすればいいか常に意識しないい限り、自分の中身は磨かれないのだ。
 それはどういうことかといえば、その人の考え方にもよるだろう。

 ただ、恋人を作りたいのであれば、常に女性らしく振舞うことだ。

 たとえば……
 どんな場合でも……お酒は控える。
 派手な服装は極力しないが、それでも外見を気にかけて清潔な恰好を心がける。
 知性を磨くために本を読む。
 いくら美味しいからと言ってバクバクものを食べない。
 ……などだろう。

 あたしだって、すべてに完璧……というわけではない。

 でも……
 自分を鍛錬し、自己を高めていくのは何も人のためではない。
 誰かに競争で勝つためでもない。
 まして何かと比べて優越感に浸るためでもない。

 それは……自分のために行うべきものなのだ。

 自分のために行った自己鍛錬がいては世のため人のためになるのだ。
 そういうことを意識して生きることは本当に大事なことだと思う。

 う――ん……
 とにかく疲れた。

 ふと気が付くと玄関のチャイムが鳴っている。
 さっきから何度か鳴っていたようだ。
 慌てて玄関を開けると心配そうな春海ちゃんと夕凪ちゃんがいた。

『大丈夫ですか!?』
『え? なに? ごめんね。あたしまたなんかやらかした?』
『いや……今日は例の壁の音はしなかったんだけど、夕凪ゆうなが何度もチャイム鳴らしているのに出てこないし、家にはいる様子だし……何かあったのかと思って』

 本当に心配をかけたようだ。
 一人暮らしは何かあれば孤独死につながるからなあ。
 今日はお詫びに春海ちゃんに『こねり』をご馳走しよう。

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