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24.02.06 『古事記』

古事記を初めて読んだのは中学生の頃、学校の図書室でだった。

当時、図書室にある本を端から端まで読んでやろうと意気込んで、手に取った本のうちの一つだ。私の通っていた学校の図書室にはいくつかの『古事記』が置かれていて、それらを読み比べた。

一番のお気に入りは日本文学全集01の池澤夏樹訳版だ。
これが一番読みやすく、わかりやすく、そして面白い解説がついている。あまりにも気に入ったので、購入して手元に置き、折に触れて読み返している。

さて、『古事記』はどのような本なのかという問いに対して答えることは難しい。この本には、宗教的な本である一方、日本の歴史書としての面もある。『古事記』に書かれている信頼に足るものであるのかについては、議論が絶えない。
正直言おう。私はどっちでもいい。
神という存在をぼんやりと信じているような宗教観を持つ私にとって、この本は1300年前に書かれたファンタジー小説だ。

この本を読んでいると、とても安心を覚える。
「神」という存在には、万能で大きな力を持つ上位にいる存在というイメージがある。しかし、『古事記』に出てくる神々は、盛大な兄弟喧嘩をして周りを巻き込んだり、妻のことが好きすぎて我慢できない夫がいたりする。
とても人間味にあふれた営みの様子は「神」のイメージとかけ離れている。「神」だってこんなに上手くできないんだ。「人間」がうまくできないことを嘆くなんて阿呆らしい。そう思えて、気が楽になる。

本を開くと、その中で大暴れする神々は、私を笑わせ、そっと前を向くエールをくれる。
私にとって『古事記』は、うまくいかない私を元気づけてくれる一冊だ。

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