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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第16話

「先生に聞いてみれば宝のこと、なんか分かるんじゃねえか?」

 田野たのさんの優しい言葉が私に追い打ちをかける。
 そんなことしたら私達は生徒指導室行きです……。それどころか窃盗集団『カラス』と繋がる危険な相手かもしれないのに。
 言葉を失った私の代わりに和久わく君が対応してくれる。

「折角ですけど……。その清水先生が生徒達に宝探しを禁じているんです。学校全体の方針で、危ないからって。だから先生達には絶対聞けないんですよ」
「そうなのかい?じゃあ俺達も清水きよみず先生には黙ってないとな!」

 田野さんが口の前で人差し指を立てていた。完全に楽しんでいる。こっちは衝撃を受けてるっていうのに!

「はいっ。紬希つむぎ

 隣に座っていた瑠夏るかがお好み焼きの欠片が乗った皿を手渡してくる。

「冷めないうちに食べちゃいな」
「……っいただきます……」

 私はやけ食いのように勢いよくお好み焼きをかきこんだ。ふんわりと熱々の生地とソースの味が口の中で広がる。あとからシャキシャキとしたキャベツに卵、ベーコンの風味が合わさって、私の食欲に火が点く。
 暫く私は無言でお好み焼きを口の中に詰め込んだ。

「私達が使ってた古い校舎はもう無くなったのかな?」
「大分古かったもんな。美幸みゆきが卒業する頃使われなくなったんじゃなかったか?」
「そうそう。新しい校舎で勉強したかったのにー」

 美幸さんとひろしさんが昔を懐かしむように表情豊かに話す。

「旧校舎、まだありますよ。だけど夏休み中に取り壊されるみたいで。ついでに体育館も建て替えられるみたいです」

 和久君が口をもぐもぐさせながらふたりに答えた。

「そっかー。そしたら同森ヶ丘中学校も全然知らない学校になっちゃうね」
「時の流れは残酷だな。すーぐおじさんおばさんになっちまう」
「ちょっと!私はあなたよりまだ若いから!」

 ふたりの軽快なやり取りに私達はくすりと笑う。

「そういえば……。卒業式の日、真珠変なこと言ってたな……」
「変なこと……ですか?」

 私は美幸さんの呟きを聞き逃さなかった。急いでお好み焼きを飲み込んだ。

「宝の秘密は残して来たって。だから後輩が宝を目にする日がくるかもしれないって」
「それって……!」

 私はすぐに暗号文のことを指しているのだと分かった。あの暗号文は栄真珠さかえしんじゅさんという卒業生が作ったものだったのか!

「彼女、文芸部で作文がすごい上手だったの。ミステリー小説を書いていたからそういうパズルみたいなの考えるの得意だったのよ!手紙を解読するの大変だったんだから」
「文芸部だったんですか……!」

 なんという偶然。真珠さんという女子生徒も私と同じ文芸部員だった。遊び心で宝の在り処を残すなんて面白い生徒だ。
 私と違ってユーモアに溢れた人だったんだろう。勝手に負けた気分になって沈んだ。作家になる人物というのはそんな風にユーモア溢れるキャラクターであるべきなんだろう。

「今頃小説家になっていたりして」
「いやいや。案外普通に主婦やってんじゃないの?大人になったらみんな凡人になるからね」

 何気なく放った寛さんの言葉に私の胸に突き刺さる。心の中に空白が生まれた。
 いや、ただの雑談だって分かってる。分かってるのに相手が捨てた言葉を拾い上げて、勝手に解釈してモヤモヤする……。私の心は本当に狭くて面倒くさい。
 才能ある人だって凡人になる。元から凡人の私はどうなってしまうのか。

「おいしー。ほら!紬希も食べて食べて!難しいことは後でいいから」

 瑠夏が切り分けたお好み焼きを私の皿に追加する。深海に沈みかけた私の気持ちが地上に向かって浮上した。

「デザートお願いします!」

 ちゃっかり和久君が追加の注文をする。寛さんがにこやかに応じてくれた。

「同森ヶ丘中学校のよしみで特別にサービスしとくからな!」
「やったー!ありがとうおじさん!」
「ありがとうございますっ!」

 和久君と瑠夏が人目も気にせず手を叩いて騒ぐ。賑やかな私達のテーブルを周りのお客さんたちが微笑ましそうに眺めていた。全く……ふたりは子供っぽいんだからって私達まだ子供か。
 空白が消えることはなかったけれど、ふたりが楽しそうなのを見て少しだけ元気が出た。

「ありがとうございます……」

 私が小声で言うと寛さんが笑顔で頷いてくれた。

「あーお腹いっぱい!またあのお店行こうね」

 瑠夏がお腹を叩きながら呟く。今にも解散しそうな雰囲気に私が待ったをかける。

「ただの食事会じゃないから!情報を整理しないと……」

 歩きながら私は腕を組んだ。口の中にはアイスの味が残っている。

「栄真珠さんっていう卒業生が重要な人みたいだよね。本当はその人から直接聞ければよかったんだけど……」

 和久君が完結に情報をまとめ聞かせてくれた。その後で残念そうに顔を俯かせる。

「行方知れず。真珠さんと宝探しをしていた当時の同級生……清水先生は私達の敵かもしれないから迂闊なことは聞き出せない」

 私は顎に手を当てて思考する素振りを見せる。
 
「今考えられるストーリーは……校長と教頭の遺産相続問題が浮上。宝の存在を知る清水先生が焦って、窃盗集団である『カラス』に依頼したってところ」
「清水先生は宝が何なのか知ってるのかな?」

 瑠夏が首を傾げて私に問いかけた。

「知っていたらカラスに依頼しないと思う。暗号解読も合わせて依頼したんじゃないかな?ボディーガードに鬼山おにやま先生を買収して」

 和久君がスキップしながら答える。
 そこが疑問なのだ。清水先生はどこまで宝のことを知っているのか。真珠さんと宝探しをしていたのなら宝の正体や真珠さんの暗号を解読できてもおかしくない。
 それなのにわざわざカラスという犯罪集団に依頼するなんて……よく分からない。だからやっぱり清水先生は宝と暗号の存在は知っていても、宝が何なのか知らないのかもしれない。

 暗号文と文芸部と旧校舎……。
 同森ヶ丘中学校のあゆみと『宝石』……。
 
「あ」

 立ち止まって私は声を上げた。
 ストーリー展開的に考えると宝のカギはあそこにあるのではないだろうか……。

「どうしたの?紬希?」

 瑠夏がきょとんとした表情で私を見る。和久君も不思議そうに私の方を見ていた。

「『宝石』の中に何かあるかもしれない……」
「宝石って……文芸部の作品集だよね?」
「そう。もしかすると栄真珠さんはそこに宝のヒントを残してるかもしれない……。私、月曜日にまた過去の『宝石』を読み直してみる」
「それ有り得る!真珠さんの作品に何かヒントが隠されてるかもね!」

 和久君が両手を広げて大袈裟に喜んだ。

「それと、旧校舎の片付けがもう来週に迫ってるけど……ふたりに注意してもらいたいことがあるんだ。もしかすると片付けの日……」

 私はふたりを手招きして近くに呼び出す。小声で私が想定したストーリー展開を語った。

「ええっ?それ本当?だとしたらヤバくない?」
「なんか実感湧かないな……」

 そう思うのも無理はない。思いついた私ですら本当にこんな事態になるのか疑っているからだ。
 これは文芸部で培った、ただの被害妄想なのかそれとも事実に乗っ取った予測なのか……。私にも分からない。だけど二人に伝えるべきだと思った。
 ふたりに妄想の酷い奴だと思われたらどうしよう。不安に思いながら顔色を伺う。

「紬希が言うんだから。本当にあるね。こりゃ」
「うん。氷上ひかみさんが言うなら信じる」

 ふたりから眩しい視線を受け、私は手をかざしながらなんとか耐える。そんな簡単に私のことを信用してくれるなんて。
 呆れつつ嬉しいという気持ちが入り混じる。決して照れているわけじゃない。私は表情を崩さないように注意しながら言葉を続ける。

「ということで……来週末の宝探し宜しくね」
「それじゃあファイトーっ」

 急に瑠夏が部活モードに切り替わる。右手を前に出した。和久君もノリノリで瑠夏の上に手を乗せる。
 これって毎回やらないと駄目なの?
 瑠夏の熱気に負けて私も手を前に出す。瑠夏が手を思いきり下げた後、天高く上に掲げた。

「オーッ!」

 その反動で私と和久君の腕も天に伸びる。あまりに勢いが強いものだから私はよろめいてしまった。なんとか足を踏ん張って転ばずに済んだ。

 こうして本格的に私達の宝探し……いや、戦いが始まろうとしていた。

 
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