「思いのボール」
cobeeパパの綴り、少しずつではあるけど残していこう。
チリも積もれば山となる★
今は新型コロナウイルスのことがTV・ネット・SNSで多く発信されている中、年長の息子cobeeがいる父としては、必要以上に敏感になってしまうのが本音💦
しかし敏感になるのはいいが、情報が手に入りやすくなった社会だからこそ、各情報をちゃんと理解して行動していかないといけないのも事実。
(⬆シルバーズ・レイは私にとって、冷静で思慮深いキャラに感じていて、とても大好きなキャラクターです★)
妻が生きていたら何て言ったかな〜〜〜
俺の行動に対してどう言ってくれるかな〜〜〜
そんな事も毎日考えながら、選択に対して向き合っているcobeeパパです^^;
今は周りの知人を見ている中でも、自粛が行動の軸になっている感じはする。外出を控えていたり、外食を控えていたり、人と接する場所へ行くことを控えている。。。といった事柄が身の回りでは多い
そんな時ではあるけど、cobeeとcobeeパパは、ママが天国に行ってから祖父母と一緒に田舎暮らしなので、cobeeとちょっとした広場に行って自転車に乗って遊んだり、2人で追いかけっこして遊んだりしています。
そんなことをしていた週末
cobeeが『自転車でお散歩したい!』
って言ってきて、2人で外へ出た時の出来事。
cobeeの祖父(私の父になる)の、cobeeじいじが、お菓子を持ってきてくれた。
『cobee、ほれ持ってきてあげたぞ〜〜〜』
と。
それに対してcobeeは、
『今はパパと外にお散歩に行くからいらなーい』
じいじは
『もー帰ってきたときにはないからなー』
cobee
『いいよ〜。誰かお客さん来たらあげていいよ〜』
じいじ
『せっかく持ってきてあげたのに。。。』
じいじは、cobeeの事を思ってお菓子を持ってきてくれたくれたようで、怒っている感じの雰囲気を見せていた。だからこそ、その背中は少し寂しそうでもあった。
cobeeには悪気は一切ない。
逆に、『誰かお客さん来たらあげていいよ〜』と優しい言葉をcobeeなりに考えて言ったんだと思う。
しかし、人とは優しさや思いが一方通行になってしまうと、「思のボール」は相手の手の中に届かずに落ちてしまうのだな。と改めて感じさせられた。
そして、逆にここで気を使わせて「思いのボール」を手の中に取らせてしまうという事になると、気持ちよくキャッチが出来ない。いわゆる気持ちのいいその時間(瞬間)を過ごせなかったこととなる。このようなダイビングキャッチが得意な人はそう感じないかもしれないけど。。。
キャッチボールをする時は、その時の相手にとって取りやすいボールを投げてくれるからこそ、素直に気持ちよくキャッチができて、気持ちよく投げ返せる。
そうでないボールを投げて、相手に取らせるという現象は、「思いのボール」にしても同じようなことなんだと思った。
投げるタイミング(コミュニケーションのタイミング)であったり、
投げる場所(伝え方)だということだ。
話しは戻るけど、
コロナウイルスの件で、色んな人がそれぞれの見解をもとに発信している。
それぞれの考え方や、立場も違い、各自から見る窓によって、
・何を
・どう
・どのタイミングで
・誰に対して
が違っているからこそ内容も違うと思う。
そして情報を集めている人達(私もその一人)も同じように、環境や立場などによって情報に対して向き合う窓は違うと思う。
この社会問題に対しての出口がどうだとかは言う頭はもってないけれど、
「思いのボール」で学ばせてもらったことを忘れずに、
情報との向き合い方もちゃんと冷静に向き合っていきたいと思った、そんな綴りでした。
cobeeいつもありがとう(*^^*)
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