謙虚な思いも胸に秘めた勝利の申し子小久保!

コブ山田です。
ようこそいらっしゃいました。

今回は、元福岡ダイエーホークス・読売ジャイアンツ・福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀選手について、記します。

この動画をご覧ください。

この4:00ほどです。


「またどっかの九州の田舎から4番取ってきたなみたいな、しかも去年一年野球してないやろ」と
多分僕がファンならそういう目で見るんで

私はこの発言に、思わず神妙な表情になりました。

小久保裕紀と言えば、2002年までパ・リーグ福岡ダイエーホークスで中軸を打つ選手であり、選手会長も務めた実力者です。
リーグが違うとは言え、プロ野球のニュースを見ていれば福岡ダイエーの有名選手であり知っている人は多いはず。

「ダイエーで主力だったし、名前とある程度の実力ならわかるやろ」

となってもおかしくはないのに、そんなところはありません。

自分は巨人はおろかセ・リーグでは何も実績を残していない。まず、なんとしてもチームに溶け込み、読売ジャイアンツの一員として監督やコーチを含むチームメイト、そしてファンのみなさんに認めてもらわないといけないんだ!という心構えだったのです。

加えて、1971年10月08日生まれの小久保は、2004年から巨人で新たにスタートを切ることとなりました。
33歳になる年に自ら望んで新しいところへというのは、(スケールは違いますが)私にも当てはまります。

しがらみがない新しい環境なら特定の球団がいいということはなかった小久保に対し、私は希望した特定の業界もありましたし、勤務地もある程度は具体的な希望もありました。
とはいえ、私は業種を超えた移籍です。前職ではいくつか実績を作ったかもしれませんが、今回は本当に素人として見られており、溶け込む、認めてもらうという心構えは絶対に必要なものなのです。

小久保はこの巨人移籍第1号ホームランを、400本以上打ったホームランの中でも上位に挙げています。
動画は2011年春季キャンプ時に収録したもので、2012年シーズン限りで引退したことからも、思い出深いものになっているはずです。

私は、小久保の自叙伝『一瞬に生きる』を予約して2013年の発売日に買うぐらい注目していました。

読むと福岡ダイエー所属の後期は、調子に乗っていたや、言い方というものがあったかもしれないといった反省の弁もある中で、2004年の巨人移籍後にこのようなものへと変化しています。
2003年の大けが…本人が日経新聞の記事で語っていますが、確かに痛くてつらい思いはしたはずであるものの、無駄なできごとではなかったのではないかと、端から見た私も思います。

新しい環境へ移ることとなった方に、特にご覧いただきたいと思ったとともに、2021年シーズンのパ・リーグは福岡ソフトバンクホークスの首脳陣によるマネジメントを、楽しみに注目したいと思います。

ありがとうございました。

サポートいただければ、本当に幸いです。創作活動に有効活用させていただきたいと存じます。