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そういうシンプルなことだったんだよね

今まで握りしめてきた思い込みや、
自分を縛ってきた鎧とか仮面、
プライドに気づいたとき、

そんなのいらなかったんだ、と思えたのは、
その内側にいたほんとうの自分に気づいたからで、


だからもう大丈夫、手放そう
と決めたはずだった。



それなのに、手放したと思っていたこだわりが今なお自分の中にあると気づいては、


わたしはまだまだ縛られてるのね、なんて思いながら、そこから自由になるために、乗り越えようと必死になる、ということを、繰り返ししてきたように思う。

そしてそうこうしているうちに、
いつのまにかわたしはまた行き先を見失っていたのかもしれない。と思えてきた。



内側の自分を取り戻したと思えたあのとき、

目指すはずだったたのは
これまでは見失ってしまっていた
ほんとうはやりたかったことをして、
生きたいように生きる、

という純度の高い生き方をすることだった。




そのために、
必要ない重りを外しながら進む、という(シンプルな)ことをしていこうと思っていたはずなのに、

いつのまにか進むことより「気づくこと」が目的化してしまっていたのかもしれない。


わたしの場合、
気づくことは癒しだったし
心のもやが晴れるような瞬間は快感だったから。


だから、気づきを求め、そこに焦点を定めすぎた結果、立ち止まってしまっていたのかもしれない。


前を向いて進んでいるうちは重りも外しやすかったけど、立ち止まっていると、そこに根を生やすかのように過去のわたしにはおなじみだった重りがまとわりついてくる。


 それを一生懸命、次々と振り払いながら、
同じところにとどまってしまっているようなイメージだ。

 だから進みたいのに進めない

 そんな状況が続いているうちに、
行き先が曖昧になってきてしまう。

 行き先がわからないのは不安だから、
無意識にも自分を守り、
鎧を探そうとしてしまったりもする。

という、よろしくない循環が起こってしまっていたのかも。


ということで、

大事にしたいのは、やっぱり、

自分の内側の声を聴き、
ほんとうの自分が目指すゴールを明確にしておくことだな、と改めて思う。

そのゴールも一度セットしたら終わりではなく、
日々自分に向き合って再認識したり、
場合によってはアップデートしたりもしながらね。



そうしてみえた”自分がほんとうに大切にしたいこと”を大切にするために、これまであったかもしれないこだわりが自然とどうでもいいことになる。



そうそう、こういうことだったのだ。

なんだかごちゃごちゃしちゃってたけど、
こういうこと。


そういえば、

最近久しぶりに会ったお友だちが、

「最近さぁ、午前中はダンスの習い事になんと週5でいっているの^^そのために午後からできる近所のパートの仕事を選んだんだ♪」



と、チャーミングに笑った顔がとても素敵でいきいきしてたっけ。


そういうシンプルなことだったんだよね。

ありたい自分になるために

生きたいように生きるために

手放す。軽やかに進む。

よし、わたしもがんばろうっと。楽しもうっと^^


***


書くことで自分に気づき、深めるプロジェクト
ライティング・ライフ・プロジェクトのファシリテーターをしています。 

近日募集予定です。



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