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「コウモリ」を主題とした思い出(Advent Calender冬_2023 スピンオフ)

今回の投稿は「Advent Calender冬_2023」のスピンオフです。アドベントカレンダーにメインで投稿したのは、こちらの記事になります。


「Advent Calender冬_2023」には仕掛けがありました。「あなたが思う、正反対」のワードを贈り合い、受け取ったワードをテーマに note を書くという仕掛けです。

いただいた正反対のテーマのひとつが、「コウモリと金魚」でした。そして、私の頭のなかは混乱の極みに陥りました。

コウモリと金魚か、なるほど。そうよね。正反対よね。オーケイ。コウモリと金魚ね。うーむ。正反対なのか。そうなのか。分からないな。オーライ。

「コウモリ」といえば、ちょっとした思い出というか、ここにかけそうなエピソードがあるな、と思いつきました。強引に「正反対」は意識せず、ここはひとつ、謙虚な心持ちで書き出してみようと思いました。



「コウモリ」を主題とした思い出


私はかつて、都内のホテルに勤めていたことがありました。200室ちょっとの中規模の施設において、フロント業務の責任者のような立ち位置にいました。

日本のホテルの、特にビジネスホテルのフロントスタッフは、何でも屋さんです。ここで詳細を書き上げるのは控えますが、業務内容は多岐に渡り、自然とマルチタスクをこなすようになります。

毎日何人ものお客様の対応をする接客スキルだけでなく、なかなかに使いにくい予約システムを使いこなすパソコンスキルも必要ですし、フロントを離れて客室の点検と簡単な修繕まで行います。

ホテルって、様々なことが起こる職場です。設備の構造的に多数の密室の塊りで、サービスの構造的に多くの人々の出入りがあるからでしょうか。これまでに就いた他の仕事では遭遇し得ないことに遭遇する、ということが何度もありました。警察や救急に電話をすることも、そう珍しいことではありませんでした。

そんなフロント業務の責任者といっても、普段は頼りになるフロントのみんなが頑張ってくれますので、私の出る幕はあまりありません。フロントバックの事務所で、売上目標の数字にしかめっ面しながら、パソコンとにらめっこをする日々でした。

ところが、とある日、フロントスタッフのひとりが慌てた様子で、私に内線電話を代わって欲しいと頼んできました。

「客室に何か出たみたいなんです!」
「・・・何が?」
「それが分からないんです!」
「???」


内線電話を取ると、客室清掃業者の責任者からでした。客室全般のことはもしかしたら私より詳しく、いつも頼りになるのに、これまた相当慌てた様子でした。

「おつかれさまです。どうしました?」
「わー!!! すみません!!! ちょっと来てください! なんかいます!」
「・・・何が?」
「いやあ、あの黒い・・・」
「!!!  黒いって、 ヤツが出たの?(怖くて口に出せない)」


ここで、私が慌てました。黒い何かが客室に出た、といえば、ヤツしかいません(怖くて書けない)。誤解のないようにヒントを書いておくと、ゴ○○○ ですね。残念ながら、たまに出るのです。


「いや、違います。ヤツじゃないです。」
「違うの? ・・・じゃあ、何が?」
「分からないんです。黒い・・・」


黒い何かが客室に出た、しか聞き取れず、内線電話の向こうでは、複数名で、わー!とか、動いたー!とか、ドア閉めてー!とか、バタついている様子でした。とりあえず、直ぐに客室に向かった方が良さそうな様子でした。


「分かりました。今すぐ行きますね。」
「すみません!!! あ、でも、設備さんがいいかもしれないです! あぶないです!」
「・・・あぶないの? 黒いのが?」
「あぶないというか、なんか、気持ちが悪いです!」
「気持ち悪い何かなんですね。とりあえず行きますね。」


ここで、内線電話を切りました。私は、ネズミが出たのかなと思いました。

もし、ネズミだった場合、状況によっては駆除業者さんを手配する必要があるので、面倒だなと思いました。内線電話先の様子が、慌てているというか、怖がっている様子なのは、少し気になりましたが、ヤツ(ゴ○○○)じゃないのであれば、まあ、大丈夫です。

黒い何かを確認するために、私が張り切って客室に向かおうとしたところ、傍で内線電話を聞いていたフロントスタッフと設備さんに止められました。ちなみに、設備さんとは、客室備品の修繕などをしてくれるスタッフです。

その日のフロントスタッフは私含めて全員が女性でした。設備さんは年配の男性スタッフです。それもあってのことだと思いますが、私の代わりに行くと言ってくれました。

「あぶないって言ってませんでした? 代わりに行きますよ。」


本当は怖いもの見たさもあり、直接現場に駆けつけたかった気持ちだったのですが、まあ、冷静に考えて、私が行くより設備さんにお願いした方がいい判断だろうと、ありがたくお願いすることにしました。

ここで、フロントスタッフに依頼して、予約システム上の客室の状況を確認し、該当の客室は売り止めとしました。

しばらくして、・・・といっても、優に小一時間は経っていたと思います。フロントスタッフも私も通常業務をこなしていて、内線電話の騒ぎを忘れかけた頃に、設備さんが戻ってきました。大きな段ボール箱を両手に抱えていました。

「黒いの、なんでした?」
「たぶん、コウモリだと思います。」


コウモリ。それは思いつきませんでした。

フロントバックの事務所の床に、そのコウモリが捕まって入っていると思われる大きな段ボール箱が、そっと置かれました。その所作からすると、中身はとても軽そうでした。

私は直ぐに、段ボール箱をちょっと開けて覗いてみました。周りにいたフロントスタッフが、わー!とか、気をつけてー!とか、声を上げました。設備さんも少し慌てていました。

でも、ちょっと開けただけでは、よく分かりませんでした。黒い何かがいることくらいしか。確かに、黒い何かとしか言いようがないなと思いました。それは、それが入っていた大きな段ボール箱から想定していたよりずっと小さく、握りこぶしくらいの大きさでした。真っ黒で、確かに、気持ちの悪さもありました。


「弱っているのか、ほとんど動かないです。捕まえるために、この段ボールを使っただけです。コウモリだとしたら、触らない方がいいと思ったんで。」


設備さんの説明のあと、フロントスタッフたちも段ボール箱の中を覗き込みはじめました。大きく開けても、その黒い何かは動いたりはしませんでした。


「本当だ、黒いですね。」
「 気持ち悪いですね。」
「これ、コウモリなんですか?」
「かわいくないな。」

みんな、口々に感想を述べました。かわいそうなことに、コウモリに好意的な感想はひとつもありませんでした。謎であった黒い何かを一目見て満足し、みんな、さっさとそれぞれの業務にと戻りました。

そこに、ホテルの建物管理の担当者さんが駆けつけてくれました。黒い何かがネズミであった場合の対応を相談しようと思って、助けを呼んでおいたのです。コウモリだったみたいです、とか、コウモリですね、と言い合いながら、段ボール箱の中を覗き込みました。

黒に何かにしか見えなかったコウモリは、よく見ると、真っ黒な小さな顔に、これまた真っ黒なつぶらな瞳がふたつありました。その真っ黒な瞳と目が合いました。

「あなたはぼくをどうするつもりですか?」


そこで初めて、コウモリなんだと認識して、目を合わせました。動いたり暴れたりする様子は全くなかったけど、真っ黒な瞳はずっとこちらを見ていました。

コウモリが見つかった客室は窓が開いていたので、そこから入り込んだのだろう、というのが建物管理の担当者の意見でした。迷い込んだだけでしょう。該当の客室だけ消毒すれば問題ないでしょう。そのような説明を聞いて安心しました。

では、このコウモリはどうしようか? その場では、私が判断を下す必要がありました。でも、選択肢がいくつもあったわけではなく、迷いようがありませんでした。

「外に放しましょう。屋上から」


その場にいた誰もが、まあ、そうなりますね、と同意してくれました。設備さんが再びその仕事を買って出てくれました。段ボール箱を開けた状態でしばらく屋上に置いておいたら、いつのまにかコウモリはいなくなっていたそうです。

あのあと、客室清掃業者の責任者からは、えっ! 逃がしたんですか? また来たらどうするんですか? と怯えた反論がありました。よほど、黒い何かが怖かったんですね。

東京都心において、自然を身近に感じることは少ないものの、こういった動物との接触は意外とあるものです。コウモリはレアケースではないかと思いますが、ホテル内に闖入してきたカラス、鳩、ネズミとはそれぞれ対峙したことがあります。




というわけで、今回の投稿は「Advent Calender冬_2023」のスピンオフでした。私が頂いたテーマのひとつである「コウモリと金魚」から、「コウモリ」を主題とした思い出を語ってみました。


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