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心に従ってしたことは、後で何かを連れてくる。

現実的に
効率的に
合理的に
打算的に

というような
行動をしているときは

結果に執着しているもんだと思う。

それは
もちろん悪いわけではないけれど、

僕はここのところ
「やりたいからやってみただけ」

という心の声に従った行動を
するようになった。

それは、結果というものが
自分の力だけで
コントロールできるわけでない
ということを理解し、

また、
必ず何らかの結果はもたらされて、
それを有り難く受け取ればよいし、

どんな結果が出るかのお楽しみという

結果に執着しない
考えということになるのだと思う。

だから
裏を返せば

非現実的で
非効率的で
非合理的で
直感的で

ということだったりする。

例えば

無計画に会社を辞めたということも、
子どもが学校に行くのを辞めたということも、
特に目的もなくイラストを描いてみたということも、
結婚した友人のお祝いに勝手に力の入ったウエディング動画を作ってみたということも

全て予想外の結果を連れてきてくれた。

自分一人で
望んだ結果を手に入れるなんて

たかだか知れてる。

それに、
望んだ結果が手に入らなかったら
自分のした行動を後悔したりする。

「結果にこだわる」というのを
美徳に思っていたこともあったけれど

肩に力が入りすぎているし、
大概、それに向かっている間
険しい顔をしていたりする。

もっとリラックスして
心の声を大切にしたり
自分以外のあらゆる「縁」ともいうべき

大きな存在を信じてみたら

ずっと自由でいられる。

やりたいからやっている、
というのは

たった今にエネルギーを注いでいて

過去にも未来にも注いでいない。

そしてそれは、
結果的に想像すらしなかったことを
連れてくる。

随分な時間差で連れてくることもある。

それも嬉しい結果に繋がっていたりする。

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(あとがき)

今日の午前中の予定すら
コントロールできない。

昨日インフルエンザになった長男を
病院に連れて行ったら

今日の午前中は三女が発熱をして
病院に連れていくこととなり、

今日の夕方、次女が発熱し
明日の午前中に病院に連れて行く。

3日連続
同じ病院に行くとは。

全く予測不能だ。

つまり予測不能なんだから
合理的に、効率的に、
なんてそもそも無理だ、ということ。







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