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7つの習慣を考える会。人格のうえに,個性を積み重ねる。

7つの習慣の勉強会で話をしていると,思わぬ気付きがたくさんあってすごく貴重な体験ができます。

たとえば,昨日なんかは,個性主義と人格主義のバランスの話をしていて,僕はこれまで

人格のうえに,個性を積み重ねる。

というだけの単純な理解をしていて,ああバランスは大事だよね。お互いに影響を与え合うんだろうなと思っていた一方で,どこか人格主義に偏重しているところがあって「まず人格」これがないと,いくらそのうえにものすごい技術を積み重ねても意味がない。

土台が崩れてしまっては身も蓋もない!
(から,人格の方がずっと大事なのだ!)


みたいに思っていたのです。

しかし,みんなでディスカッションしていると,強い根は,美しく豊かな枝葉を育ててくれるけれど,同時に,時期とか環境にあわせてしっかりと剪定するなど一生懸命に手を掛けてキレイに仕上げた枝葉もまた,さらに力強い根や幹を育ててくれるのだということに気付かせてくれます。

なので,人格と個性は,いずれも,互いに,互いをサポートしつつ,少しずつその許容できる器を大きくしていってくれるのです。

だからそりゃぁ,表面的な技術だけ覚えて,見た目を美しくすれば,短期間ではキレイになるでしょうけれど,それが長続きするかというとやっぱりそんなことはありません。

自分の普段の生活に照らしてみてもちょっと本を読んでその気になって始めたようなことは最初だけうまくいって満足するけれど,まだそれを維持し,辛いときや苦しいときにも耐え忍んで大きくしていこうという土台ができあがっていないから,気が付けばやめちゃってたり,汚くなって捨てちゃったりすることはよくあることです。

逆に,土台ばかりをまず大きく頑丈にしていこうと思っても,表面的な成果がまったくあがらないままに十年も二十年も研鑽し続けるのは簡単じゃないし,たとえば「笑顔で挨拶すると人間関係がうまくいくよ!」というスキルを学んだとして,笑顔で挨拶するだけで,人格が伴わなければ,気持ちが伴わなければ決して人間関係の向上が継続することはないのですが,逆に毎日笑顔を続けるという技術的な要因が,いつのまにか人格を育てていた,なんてことも普通にあるでしょう。


こういう話を延々としているのですが,何人かひとが集まって,それぞれに自分の考えを交換するだけで,自分にない部分を補ってくれるひとが必ずいて,それが正しいとか正しくないとか,そういう単純なこととは無関係に,自分の理解の底上げをしてくれるのです。

仮に,他者の間違った知識を聞くことができたとしても,それを元に話し合いは進んだり,間違った知識の中にも「さらに深い理解を促す新たな視点」があったり,結果それが後に自分の考えをグレードアップすることも普通にあります。



7つの習慣考える会をいつかつくって,ひとつのテーマを毎回みんなでとにかく話し合うみたいなことをしたいなと思っています。

なにより,似たような意識のひとが集まると楽しいし,ワクワクしますよね。現実には,建設的な話をしようとしても,それができない雰囲気とか,場はありますから,そういうところで気持ちが落ち込んでも,どこかに建設的な集まりがあれば,そこでHP回復できますし。

そういう場をつくれたらなと思っています。

サポートいただけると燃えます。サポートしすぎると燃え尽きてしまうので,ほどほどにしてください。