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やっている”つもり”から抜け出したい

自分は今まで何をして生きてきたんだろうと思うことが時々ある。同い年の人であれば、同じだけの時間を生きてきたはずなのに、知識量やスキル、人脈が天と地ほど離れてしまっているように感じて、自分が今まで何をして生きてきたのか見失ってしまうことがある。

「あなたがスキルアップしている間、私はどんなふうに時間を過ごしていたんだろう?」「いったいいつ、その知識を取り入れているんだろう?」と、ネガティブな意味合いではなく、純粋に疑問に思うことが多いのだ。

自分では無意識に動きすぎて日々どんなふうに過ごしているか覚えていないのだが、同居人曰く、意外といろいろやっているらしい。パソコンをカタカタしてみたり、本を読んでみたり、スマホをいじってみたり、ゲームをしてみたり。私的にはいろいろやっている様には感じないし、実際なんの身にもなっていないからいろいろやっているという感じではないんだけど、ちょこまかいろいろやっている様に見えるらしい。

これって普通の過ごし方じゃないの?と思い、逆に、みんなが普通どんなことをしているのか聞いてみたのだけど、「スマホをいじったりNetflixみたりとかしてごろごろするとかじゃない?」と言われた。だとしたら、何故こんなにも知識量やスキルに差がついてしまうのか?

パッと浮かんできたのは、集中力と、許容量と、深堀度だ。私はちゃんと情報が脳に届いていない感じが常にしているし、一度にいくつものことに熱中できない。そして、一つのことを深掘りしていくのが苦手なので、情報の上澄みをちょっと掬っているだけのように常日頃から感じている。

元々許容量が人より少ないのに、一つ一つに集中できない。たとえ集中できて情報を取り入れることができても、それで満足してしまうから、浅い理解のまま終わる。一切、時間を有効活用できていないのだ。

何事においても、やっている”つもり”は危険だ。これだけやっているのに効果が出ないなんて私は才能がないとか思い始めたら、それは思考停止と同義だ。やっている”つもり”じゃなくて、しっかり身になる方法を考えて実践しないといけない。

同じようなことを何度もnoteに書いてきたから、これは今現在の私の、最大の改善点なのだと思う。

大切なお時間を使って読んでくださり、本当にありがとうございます! 気に入っていただけましたら、サポートをいただけるととても嬉しいです。これまでにいただいたサポートが、私のモチベーションとなっています。