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古川真宏「芸術家と医師たちの世紀末ウィーンー美術と精神医学の交差」(2021年3月刊行)

世紀末ウィーンは世紀末芸術の中心地であると同時に精神分析の揺藍地だった。芸術と精神医学は、相補的な関係にあった。

 著者の論文の要旨をまとめてみました。この本は読み物としてなかなか面白かったです。

【1】グスタフクリムトによる女性表現は、神経衰弱とヒステリーに触発されながら作られたもの、具体的にはファム・ファタルがヒステリーを、ファム・フラジールが神経衰弱のイメージに対応している。

【2】世紀末ウィーンを代表する分離派会館とプルカースドルフ・サナトリウムという一見異なる建造物は、「近代生活からの避難所」を目指して建設されたものであり、その動機には神経衰弱の最大の病因とみなされた「近代的都市生活」への異議が作用している。二つの建築を特徴づけている「白い壁」による立法体のような空間構成はMOMAによって標準化される「ホワイトキューブ」を先取りしている。

【3】「キュ・ド・パリ(パリのお尻)」のようなパリモードは健康上の問題が指摘され、医学者や女性解放論者たちがコルセットからの解放を訴えるようになった。クリムトやそのパートナーである女性デザイナーのエミーリエ・フレーゲは簡素で平面的なパターンの改良服を提唱し、代わりに生地に装飾的な模様をつけることで性差を表現した。装飾を「文化による欲望の抑え込みの失敗」(ロース)とみなす考えと「欲望を芸術に昇華する必要性」(バール)を説く考えとがあり、精神分析における欲望の両義的な位置づけを体現している。

【4】画家オスカーココシュカは、恋人アルママーラーと別れた後恋人の代理物として、人形作家ヘルミーネ・モースに、アルマの姿を象った等身大のアルマ人形を制作させた。人形は慰みだけでなく、次第にココシュカは人形絵画「青い服の女」「画家と人形」を描いたり、人形のような肖像画「ロッテフランツォースの肖像」を描くようになった。ココシュカの人形愛は、トラウマからの自己治癒やフェティッシュにおける物象化されたセクシュアリティとの関係で論じられてきたが、筆者は「恋人の代理」としての側面を重点に置き、「自己投影」の作用により人形が人間化し、肖像画における人間の人形化は投影の反作用によるものと捉えている。

【5】夢の画家クービンは夢から記憶へと作品のテーマが移行しており、いずれの段階でも精神分析からの影響を受けている。クービンによる夢の意義は、夢を対象化してイメージを描くことだけが夢の表現ではなく、過去の不確かな記憶や強い感情と結びついた印象が夢想を生む。クービンは記憶から新たなイメージをつくりだす夢の機能を自らが引き受けて体現しようとした。

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