見出し画像

大江健三郎「死者の奢り」Kenzaburo Oe : Stolz der Toten


大江健三郎さんの文壇デビュー作。主人公は東大仏文科の男子学生。ある時、医学部の解剖学死体処理室の水槽に沈んでいる死体たちを新しい水槽にうつすバイトをする。

「濃褐色の溶液に浸って死者たちはじっとしていた。僕は死者たちに性別のあること、顔を溶液に突っ込んで背と尻とを空気にさらしている小柄な死体が女のそれであり、揚蓋の支えに腕をからんでいる死体が男の強く張った顎をしてい、その短く刈った頭部に腰を擦り付けている死体が不自然に高く盛り上がって、縮れた体毛のこびりついている女の陰阜を持っていることに気づいた。しかし性別はそれらの死者を殆ど区別するものではなかった。死者たちは一様に褐色をしてい、硬く内側へ引き締まる感じを持っていた。皮膚はあらゆる艶をなくしてい、吸収性の濃密さがそれを厚ぼったくしていた。」と主人公が見た水槽の死体の描写は、かなりリアルで不気味です。

しかし、主人公は、火葬された死者たちとは違い、水槽の死体は≪物Ding ≫としてとらえます。「死は≪物≫なのだ。意識が終わった後で、≪物≫としての死が始まる。うまく始められた死は、大学の建物の地下でアルコール漬けになったまま何年も耐え抜き、解剖を待っている」と。

大量の死体を見たら、こういう達観した気持ちになるのでしょうか。解剖学の死体達や人体が実際解剖されている場に出くわしたら、大きく死生観が変わりそうだと思いました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?