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地域広報誌 掲載エッセイ③

今日も、地域の農協の広報誌に掲載させていただいたエッセイを紹介させていただきたいと思います。(連載エッセイについての詳細はこちら↓)



今回は昨日のnoteの記事にて草刈りの様子を紹介させていただきましたので、草刈り時期の天気の話題からはいった今年の6月号の記事を紹介します。


「てるてるお母さま」

   今年も草刈りの時期が近づいてきました。ここ数年、ちょうど草刈りをはじめようとすると雨が続き、作業が進まずやきもきする年が続いています。
  思い起こせば、小さい頃から私はなにかと行事がある度に雨が降り残念な思いをすることが多かったような気がします。
 人生初めての幼稚園の遠足は土砂降りでした。このときの遠足は農園のビニールハウスでのイチゴ狩りで、もともとバスで行く予定でしたので決行されましたが、寒いなか雨ガッパを着て少し震えながらイチゴを食べた記憶があります。秋の遠足も大雨でこのときの目的地はどこだったのか忘れてしまいましたが雨では実施するのが難しい行き先だったらしく、遠足は中止になり教室の中でレジャーシートを敷きお弁当やおやつを食べました。

   小学校の遠足も毎回雨で、私が風邪で休んだ一回だけ晴れていました。

    小学校の運動会も、台風で延期が2回。小雨のなか開催されたものの私たちの学年のリレーの最中に雨脚が激しくなり、残りの競技が後日に延期ということが3回もありました。小学2・3・4年生のときに、強い雨の中バトンが手から滑り落ちないように必死に握りしめて走ったことも覚えていますし、アルバムの中には濡れながら走っている私たちの奥に傘が並んだ観覧席が写った写真が残っています。私は転校を繰り返しており、違う学校でこのようなことが何度もあると、もはや、同じ学年の「別の子」ではなく、これはもう紛れもなく私が雨女だと確信しました。認めざるを得ません。
 そして6年生の運動会は、雨は降らなかったものの非常に風が強く"砂嵐"で砂が体に降り注ぎとても痛く忘れられない小学生最後の運動会になりました。
 修学旅行も大雨でした。更に中学生のときも高校生のときも班ごとの自由散策の日に警報が発令され旅館やホテルで待機になりました。学校行事の思い出は雨の思い出になっています。
 そんな雨女の私とは正反対に、母は晴れ女であります。
 こんなにひどい雨女の私も母との旅行のときは必ず晴れます。母の友人の中にも私と同じくらいひどい雨女の方がおられますが、その方と母が旅行するときも必ず晴れます。

   そういえば、母も競技に参加した幼稚園の運動会や中学・高校の体育祭も晴れました。

    母のパワーはさすがです。ここで使うのはフランスの作家ヴィクトル・ユゴー氏がおっしゃられた意味とは少し異なってしまいますが、「母は強し」であります。

以上、今年の6月号に掲載させていただいた記事でした。
草刈りの時期に、実家の母に来てもらったら毎日晴れそうですね。

今日も読んでいただきありがとうございました。
今日も皆様にほっこりが訪れますように🍀

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