止まっていた2年間。そして歩き出す。

コロナが蔓延し料理の仕事を失ったのは昨年の春だ。

飲食店で以外での仕事をせざるを得なくなった。

あの頃はきっとすぐに収束して、そしたらまたすぐに仕事を再開すればいいさなどと簡単に考えていた。

きっと自分を含め多くの人がそうだったのではないかなと思う。

桜を見ることもなく春が終わり、
気がついた頃には蝉の鳴く声が聞こえ、
半袖では寒いなと感じ、
あっという間に木枯らしが吹いた。

日本という国に生まれ、こんなにも四季を感じることなく過ごす1年間は初めてだった。

それと同時に、こんなにも思い出の少ない
そしてこんなにも苦しいく忘れられない1年間を過ごしたことも。

辛い、キツイ、苦しい。

弱音は全部噛み潰した。

年が変わればなにかが変わるかも知れない。
耐えて、耐えて、耐えて、
来年こそは…と。

年が明けて2021年になった。

そんな簡単に何かが変わることはなかった。

年は変わった、ただそれはたった1日時間が過ぎたことを大袈裟にしているだけなのだから。


このまま立ち止まるわけにはいかない。
そう思って仕事を辞めた。

いつコロナが収まるかわからない。
いつでも動ける状況を作るために、明日から働けます!という自分でいなければならないと思った。

もう社会的な立場や体裁なんてどうでもよかった。
そこからはUberの配達員として、ただただ自転車を漕ぎ続ける毎日を送った。

春先にコロナが落ち着いた時、もう大丈夫なんだって思った。
また料理の仕事につける、そう遠くない未来に。

ここから何度も現実から目を背けたくなった。

何度となく出される緊急事態宣言。
明けたかと思えばまた宣言、そして延長。

オリンピックが日本で行われてることに
なにもリアルを感じないまま夏が終わった。


話をもらっていたお店から数回、連絡はあった。

緊急事態宣言が終わったら話をしよう!

何度も期待して、そして期限ギリギリに延長される日々は苛立ちよりも諦めに近い感情を連れてきた。

自分ではどうしようもできない、
でもこの状況下で必要とされるだけと技術も知識も経験もない。

自分の責任だと言い聞かせないと逃げ出してしまいたかった。

今月が終われば、来月になれば今度こそ…
それだけを信じて自転車の車輪を回し続けた。

転機は突然だった。

ワクチンの効果なのか分からないが、急に感染者が激減した。

毎日、願った。
このまま減ってくれ、なくなってくれ、終わってくれ。

緊急事態宣言が明けた。

話をもらっていたお店の社長から連絡があった。

「待たせて悪かったね、他にも何人か候補はいたんだけど最初に話したときから君に決めていたよ。」

飲食店に復帰できることが決まったのはもう、
冬の足音が聞こえる時期になっていた。


昨年の春に現場を離れてから1年9ヶ月の時間が過ぎていた。

2021年、12月21日。
私は帰ってきた。
ずっと、ずっと待っていた場所に。

現場に戻ってこれたことにもっと感動すると思っていたが、現実の自分は冷静だった。

そう、戻ってきただけなんだ。
何かが進んだわけでもなく、成長できているわけでもない。
ただ、戻ってきただけなんだ。

こんなはずではなかった。
そんな言葉は聞き飽きた。
例え望んだものと違う時間を過ごしてきたとしても、その中での経験はそれら全てを否定するようなものではなかった。

嫉妬と後悔を原動力に動いてきた自分自身に燃料を満タン以上に入れたことは間違いない。


2022年になる。
新しい自分がようやく歩き出す。
これから先、何度立ち止まっても私は歩き出す。

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