【短編小説】分断がある国 (2393字)
その国の人たちには、妙に隔たりがあった。
複数の民族がいるわけではない。
言語が違うわけでもない。
ましてや、経済的な格差がはげしいわけでもない。
他国と比べると均一的な国なのに、なぜか隔たりが生まれ、人々が2つに分かれてしまうのだ。
例えば、4人で議論を始めると、自然と2人ずつに分かれてそれぞれで話が盛り上がり、全員での議論が進まない。
小学校でいすとりゲームをしようと、クラス全員で輪を作ろうとすれば、
綺麗に半円が2つできる。
これが、どのような属性の人同士で分かれてしまうのか、誰も分からないのが厄介である。
数々の研究者がこの謎を解こうとしたが、失敗に終わった。現在は、おそらく遺伝的な何らかの要因によって分かれてしまうのだろう、という推論ばかりの頼りない仮説が通説になっている。
企業の人事担当者は頭を悩ませるほかなかった。なにせ、職場でも二つのグループに分かれてしまい、それが原因で仕事が進まないのだから。
ここに、ある少年と少女がいた。
ふたりはこの状態を何とかしたいと思っていた。
彼らは、お互いが違う「属性」にいることを知っていたが、
何となくお互いが同じ思いを抱えていると感じていた。
学校の帰り際、少年が少女に、このあと教室に残れるか声をかけ、少女は応じた。
二人の他に教室から誰もいなくなるのを見届けると、
ぎこちないながらも二人は会話を始めた。
「…えーと、今日の授業は結構退屈だったね」
「…そうだね。……特に数学はつまらなかったわ」
「…あ、僕も一番苦手なのは数学だ」
違う「属性」の人なのに、思いのほか話ができる。
二人とも同じことを感じていた。
しばらく雑談したあと、少年がきりこんだ。
「僕が最近考えているのは、一体僕らを分けるものって何なんだろう、っていうことなんだ」
「…分かる!私もいつもそれを疑問に思っているの」
「目に見える違いはないよね?」
「うん、身長や髪型、好む服のテイストをそれとなく観察したけど違いは見つけられなかったわ。
あと、私の「属性」にいる人に、誕生日や家族構成、趣味、その他にもいろいろなことを聞きだしたけど、一貫性はなくてバラバラだった」
「…驚いた。僕も、自分の「属性」の人について同じように調べていた。今君があげてくれたものの他に、性格、成績や体力テストの点数、食べ物の好みなども違いがなかった」
「その着眼点はなかったわ。二人のデータを合わせれば何かが分かるかもしれない。私の調べた結果を見る?」
そうして少女は、カバンから分厚いノートを取り出した。そこには、彼女側の「属性」にいるクラスの人の情報についてぎっしりと書かれていた。
「これは、すごい!僕はスマホにまとめているんだけど…」
少年はスマホのメモアプリを見せた。こちらも情報量が多く、かつ複雑に構造化されていて、少年が綿密に思考していたことが一目でわかった。
二人はそれぞれの情報を交換し、知恵をしぼった。
その日の内には答えが分からなかったので、次の日も会う約束をした。
翌日も「属性」間の違いは見つけられなかったた。
次第に放課後の教室で議論をすることが二人の日課になった。
そうして違いが見つけられないまま、3か月がたった。
「……考えたんだけど、もう違いなんて見つけられないんじゃないかしら。」
最初の頃よりくだけた口調で少女は少年に言った。
「…まあ、あらゆる可能性は考えつくしたかんじがあるよね。」
「違いなんて最初からないんじゃない?」
少女は投げやりに言った。
「…!」
少年の中で何かがはじけた。
「そうか、もしかしたらないのかも」
「え?」
少女は怪訝そうに聞いた。
「本当は違いなんてなかったんだ。違いがあると思って、勝手に相手を別の「属性」だと決めつけていたんだ」
「分からないわ。それが二つに分かれてしまう原因になるの?」
「うん。僕たちは出会った瞬間に、相手が自分と違う「属性」だと感じたら関わりを持とうとしないじゃないか。
逆に同じ「属性」だと思ったら積極的に話しかける。または同じ空間にいようとする。みんながそうやって動いた結果、二分されるようになったんじゃないかな。」
少女は反論した。
「違う「属性」の人と関わりを持たないのは、私たちの意志とは関係ないわ。そういう風に遺伝子で決められているって科学者が言っているじゃない。」
「うん、その説はしってる。でもそれはあくまでも仮説で、証明されてはいないんだ。だって考えてみてほしい。僕たちはもともと違う「属性」にいたじゃないか。なのに、こんなに親しくなった。」
「それは――、遺伝子の齟齬があったのよ……」
少女は異を唱えたが、口調は弱かった。
しばらくの沈黙のあと、少女は言葉を探しながら言った。
「……私は、あなたと私は似ていると思ったから――つまり、あなたもこの分断について考えていると思ったから、話してみようと思ったわ。」
「うん、僕もそうだったよ。」
「私たちはもともと違う「属性」だったけど、分断をなんとかしたいと考えている点で、同じ「属性」だったのね。」
「そうだね。だから僕は話しかけてみようと思ったのかもしれない。」
「……少し話が変わるけど、他の国では私たちの国のように二つに分かれることはないと聞いたことがあるわ。たとえ肌の色や信じる宗教が違っても。
そこではみんなが、相手が自分と同じ「属性」だという前提のもとでコミュニケーションをしているってこと?」
「多分そうだと思う。いや、むしろ「属性」という概念すらないのかもしれない。」
「…私たちは、「属性」を分断の免罪符につかっていたのかもしれないのね。」
少女は少しだけ悲しそうに俯いた。しかし、すぐ元気に顔を上げると少年に尋ねた。
「…これから、この世界をどうやったら変えていけるんだろう?」
「たぶん、違う「属性」の人に少しでも話しかけてみればいいんだ。それが第一歩になるんじゃないかな。」
「そうね。変えていこう。私たちが。」
(終)
拙い文章を貴重な時間をいただき、最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。
みなさまの一日が、今日も良い日となりますように。
あとがきでは、私がこの話を書いてる中で思ったことを書いてます。よかったらのぞいていってください。