マンモグラフィの洗礼

ゲームの仕事をしていたころの同僚だった、高崎くんにひさしぶりに会った。

以前おなじ会社にいた頃、高崎くんはおしゃれで見た目もよく、性格はとてもこまやかで女の子のちょっとした変化にも敏感で、つまりモテる男だった。四分の一、海外の血が入った容貌をしていたので、なおさらだった。しかし話しやすく誰にでも気さくに接する彼は、老若男女の友達がいた。

数年ぶりに会った高崎くんは、結婚していて子供もいた。そして女性になっていた。待ち合わせのカフェに来た彼は花柄のシャツにジーンズをあわせていて、たいそうかわいかった。

「子供が生まれて育児しているうちにめちゃめちゃ自分で授乳してやりたくなって、妻のジェーンにずるい、ずるいって泣いてわめいて喧嘩しちゃったんだよね」
と、グレープフルーツジュースを飲みながら彼──彼女は言った。
つまりそれは母性なの? と問うと彼女は「わかんない」と悪びれずに笑う。散々泣いた後、とりあえず女物の服を着て、化粧をしたという。
ジェーンの手を借りて出来上がった自分を見て彼女は「かわいい」と目をみはった。それで高崎くんは生まれた子の『お母さん』になった。お母さんがふたり。たのしそうだ。

仕事も転職したというが、もともと一部のIT系はゆるいので、そういうこともあるよね、という風情で受け入れられたという。そりゃそうだ、仕事が出来れば問題はない。優秀なプランナーだし。

「女性ホルモン投与してるから、今度あれやるんだよね」
「あれ?」
「顕微鏡のさ、ガラスのテンプレートみたいな、あれのでっかいやつでおっぱい挟む検査」
「あー、乳がん検査のマンモグラフィ。あれ人によってはすごい痛いよ。いちおう男性の乳房も検査できるようになってるらしいけど」
「しらふで真顔でにゅうぼうとか言うな」
「えー」

じゃあ酒をいれようか、とふたりで瓶に入ったビールを頼んで飲んだ。
そしてわたしたちは、最近お気に入りのシャンプーとかバスソルトのはなし、コンビニのおやつのはなし、最近観た映画など、お互いの近況についてさんざん話して、また会いましょう、と駅で別れた。

今度会うときにはマンモグラフィの洗礼の感想を聞こうと思う。『あれ』は結構痛いので。

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