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地獄に風が吹き、俺は気持ち悪くなった――新しい映画の旅:福田村事件

100年前の関東大震災の数日後、行商人のグループが、訪れた先の村で、朝鮮人に間違われて暴行をうけ、15人中9人が死亡したという現実の事件があります。

ドキュメンタリー映画を数多く撮ってきた森達也監督の初の劇映画「福田村事件」はその事件を題材としたものです。

企画と脚本を務めた(「火口のふたり」などの)荒井晴彦さんのカラーもかなり強く、前作までの単純な比較は難しい作品でした。しかし、褒め言葉として、「地獄みたいな映画だった」とは、はっきり言えます。

そして何より、「虐殺のシーンで、淀んだ村に風が吹いたように感じられた」自分の心性と向き合わなければいけなかった事が、いかにも森達也監督作品らしい、重要な気持ち悪さだなあと感じられたのです。


前半:日常パート

本作は前半に村と行商人の双方の日常を描き、後半の虐殺パートの物語に力を持たせる構成です。

福田村サイド

福田村の日常は、じめっとした、淀んだ、本当に気持ちの良くないものでした。

後ろから首がニョキっと出てるのが東出昌大演じる「船頭の男」

在郷軍人会が幅を利かせるムラ社会で、多少の学がある村長がデモクラシーを語っても虚しく響くばかりな中、

  • シベリア出兵から帰ってきた夫の遺骨を弔った直後に、村の船頭の男とセックスを始める奥さん

  • 別の家で、出兵で夫が家を離れていた間に義父とセックスをして子供まで作っちゃった奥さん

と、ドロドロを通り越して生臭い話が続きます。主人公の夫婦は朝鮮からこの村に久々に帰ってきたのですが、夫が長く勃起不全で、うんざりした妻が先述の船頭の男とセックスする話も続きます。

セックスの話をしすぎでは…とも思ったのですが、娯楽の少なかった時代、小さい村の人間関係としては、まあそういう事もあるのかもしれない、という範囲とも思えました。

行商人サイド

一転、行商人の日常は、カラッとした明るいものに見えます。何家族かの15人での、薬売りの旅。子供も帯同しています。

しかし彼らは、自分たちが穢多である事を隠しています。薬売りの旅は決して順調とも言えず、売るために嘘やハッタリも平気で使います。「自分たちより更に弱いものから金をむしらないと生きていけない」と言ってはばかりません。福田村の人は馬で運ぶ重荷を、対照的に彼らは人間が台車で運んでいるという、貧富の差を見せる演出もありました。

後半:虐殺パート

最初は小さい諍いだった

震災が起き、情報の真偽を確かめる術が少ない100年前の日本で、「鮮人」と「主義者」の悪い噂が広がり、不安が高まる福田村に、行商たちが訪れます。

行商たちは香川の出身で訛がきつく誤解を生み、村の警戒感も相まって、小さい諍いが大騒ぎになります。

村人たちの思考は、明確な根拠がない中で、行商人たちの細かい言動をついて「やっぱり怪しい」と自分たちの疑念を強化する、いわゆる確認バイアスです。これは現代における陰謀論の広まり方と同じで、森達也監督が「またこういう事が起きる、ではなく、もう起きている」と言っていたまさにその通りだと思います。

そして虐殺が始まります。

劇場で観客の声が上がる程度には直接的な暴力描写で行商人たちが殺されていく、本当につらいシーンでした。しかし、私はつらいと感じながら、同時にカタルシスも感じていました。殺人という行動で、先述の村の淀んだ状態から、やっと動きが生まれたという流れだからです。淀んだ空気に火がついた、あるいは風が吹いて淀んだ空気が流れていった、そういう気持ちよさがあったのです。

森達也作品は劇映画でもやっぱり気持ち悪かった

意図されたものかどうかはわからないのですが、陰謀論のメカニズムに対しては察知できた自分でも、そこで虐殺の行動に移る爆発的な遷移には抗えなかった、という事になります。「気持ち良くなってしまった自分と向き合う気持ち悪さ」があるわけです。

また、デモクラシーを口にしていた村長も、虐殺に及ぶ村人を止める事ができず、事のあとに記者に問われて「俺たちはこの村で生きていかないといけないんだ、書かないでくれ」と懇願するみじめな様を見せます。人の正しさが曲がってしまう瞬間です。自分があの立場におかれて、そうならずいられるとは思えず、ここにも気持ち悪さがあります。

私は森達也監督の作品で「A」「A2」「311」「i 新聞記者ドキュメント」を見ていますが、通底して、「見る側の人間を、他人事のままでいさせない」作りがあるように思います。必ず「撮る側の人間」に存在感を持たせていて、「一方的にこちらが見る」という構図を崩しているように思え、この気持ち悪さが作品の重要なポイントだと思います。

今回は劇映画なので、撮る側の人間に存在感はないのですが、それとはまた別の「流れに乗せられてしまった」という感覚で、「見てるお前はどうなんや?今どう思ったんや?」と、向き合わざるを得なくなった。その意味で、本作もやはり、「気持ち悪い」作品、気持ち悪いという事が重要な作品として、記憶に残るのだと思います。

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