プラトニック婚、愛は、努力VS受け入れ?!を考える
NHK「プロジェクトエイリアン」の未完成婚の方の回、本当に良かった。
〉旦那さんが私のためを思って、無理やり頑張るという姿も見たくない
……この言葉、なるほどなあ、と参考になりました。
(「無理やり」頑張る、という条件つきなので、これだけで以下の話を広げるべきではないのかもしれませんが。)
noteも、読んでいると色々なご夫婦の姿が見えてとても面白いです。
最近考えているのですが、
みなさん、
誰かから自分が「愛されているな」と感じる時って、
どんな時ですか?
私は、これには大きく2つのタイプがあると考えています。
①自分のために相手が寄り添ったり、努力することに愛を感じるタイプ
②相手がそのままの自分を受け入れてくれることに愛を感じるタイプ
……みなさんは、どちらでしょう。
どちらが良い悪いではなく、
①自分のために相手が寄り添ったり、努力することに愛を感じるタイプ
だとすると、
自分も相手に対して何か努力していることがある一方、相手に対して「だから自分もこうしてもらえると嬉しい」あるいは「自分もこうしてもらえるはず」というのが前提なのかもしれない。
だから相手が何もしないことに苛立つのかもしれない。
②相手がそのままの自分を受け入れてくれることに愛を感じるタイプ
だとすると、
自分はそのままの相手を受け入れている一方で、自分もそうしてほしいので、相手に対して自分が変化するという種類の努力をしていないのかもしれない。
だから相手の「あなたが変わって」に苛立つのかもしれない。
この2タイプは、筋は同じなんですよね、
「相手も自分と同じ『愛の定義』を持っているはずだ」
という。
なんだけど、たぶん、結果が真逆で、
大阪VS京都くらいバチバチだと思うんですよ。知らんけど。
ちょっとネガティブなことを書いてしまった。笑
えっと、不快に思う方がいたら申し訳ない。
単純に私が勝手にデータベース化しただけです。深い意味はありません。
性別で傾向あるのかな?とも考えたのですが、そうでもなさそう???
あと、これ、夫婦・カップルに限らず、仕事でも結構見える価値観な気がしているんですよね。
「○○さんが大変だろうから、これ私がやっておく」、っていうのが、
それが嬉しい人とそうでもない人がいる気がするんです。
・ありがとう!な人(は、タイプ①)
・自分でどれくらいやれるかやってみたかったからそのままにしておいてほしかった、な人(は、タイプ②)
みたいな?
あと、
「奥さんに仕事をやめさせてあげたいから自分が仕事頑張る」
……これ、私の知り合いが言ってたんですけど、これが嬉しい方はタイプ①なのでは?
ちなみに、ごめんなさい、私はちょっと引いてしまった……。
なんていうか、「やってあげる」感?というか。
私はひねくれているので、飛躍して、
妻が仕事を大変だと思っているはずだ……って、この方は思っているのか?つまり妻はできるはずがない仕事をしている、そんな風に妻をナメているのか?と思ってしまったんですよね。笑(めっちゃ拗らせている。笑)
ということで、
私は、
②相手がそのままの自分を受け入れてくれることに愛を感じるタイプ
です。
もしかしたら、生い立ちとかで結構ここの価値観は分かれてくるのかな?と仮定しています。
夫はどうかな~。
あとで聞くとして、
予想は、
私と違って、
①自分のために相手が寄り添ったり、努力することに愛を感じるタイプ!
だと思う……笑
以前こんなことがありました。
私、シイタケが好きなんですけど。
夫はシイタケが嫌いだったんです。
理由は、「子供の頃、食べたときに良い結果が得られなかったから」らしいです。笑
でも、お鍋とかでシイタケが無いと、味に深みが無くなる気がするんですよ、個人的には。
それで、夫がいるところでぽろっと、
私「ここにシイタケが入ってたらなあ~」
みたいなことを言ってしまい。笑
翌日、なんと夫がたくさんシイタケを買ってきました。
夫「……シイタケ、食べてみる……」
私「え!ついに食べてみるの?!ついにシイタケの美味しさに目覚めたの?!」
……はい、ここでストップ。
このエピソードを、私のすっとんきょうな母親(ジンギスカンをチンギスカンと言ったことがある)に伝えたところ、
母「へぇ~!あんた愛されてるわね!すごいわねA男さん!優し~い!」
と。
……衝撃でした。
私からしたら、
え?!これは、優しさなの!?
これは愛の一種なの?!と……。
私は、夫が「私のために」シイタケを食べようとしている、なんて、微塵も思わなかったんです。
普通に私が美味しくひとりで食べるから食べてみたくなった……とかだと思ってて。笑
もし、夫が、
「クリオネさんのために、、、クリオネさんのために嫌いなシイタケを、、、」
とか呟いていたら、
たぶん私は、
「は?何言ってんの???いやそういうのいいから」などとリアクションしてしまっていたと思う……。
直接言うことにならず、
大変良かったと思います!笑
夫よ、なんかごめん。
やっぱり私、サイコパス感あるな……。
ここでポイントだったのは、
①と②の価値観が一緒になったとしても、
その話題を誰か(今回はチンギスカンの母親)とシェアしたことで、その愛の矢印の方向と、構図が見えた、というところだと思うんですよ。
やっぱり、2人のことこそ、閉鎖的にせず、誰かとシェア!は、意外といいのかもなあ……なんて。
この仮定を胸に。
さて。
夫に、
①自分のために相手が寄り添ったり、努力することに愛を感じるタイプ
②相手がそのままの自分を受け入れてくれることに愛を感じるタイプ
どっち派?と聞いてみました。
(予想は①)
夫「ああーーーーー、
なるほどなあーーーーー、、、
えーーー???
あーーー、、、、
どっちも。(^-^)
ザ★わがまま!ヾ(☆ゝ∀・)ノ
でもどちらかと言うと②かな!」
……②かよ。
……私のデータベース化と考察の2000字が、、、
ちなみに、シイタケは「単純に今の自分なら食べられるかもしれないから食べてみようと思った」「でもクリオネさんも一緒に食べるかなと思ったから買ってきた」
だそうです。
確かに、どっちも!だな。笑
あ、でもそうだよな、
「そのままの相手を受け入れるという努力」とかもあるもんなあ……よし、この話は白紙に戻そう。
意外性に触れられること、それは私にとって結婚の醍醐味のひとつだ。