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医療の作法と空間をアップデートし、「療道」という新たな価値観創出を目指すクリニックTEN共同創業者と空間デザイナーの挑戦

2021年の5月に渋谷に開業した次世代型かかりつけクリニック・クリニックTEN渋谷。その内装は、白を基調に温かみのある木材が使われており、診察室には季節の花が飾られるなど和を感じさせるデザインになっています。「お茶室」をイメージしたという、従来のクリニックとは一線を画した内装はどのようなコンセプトや想いで生まれたのでしょうか?クリニックTEN渋谷の空間プロデュースを担当した株式会社Calの真栄城さんとクリニックTEN共同創業者である大江さんの対談を行いました。

(左)真栄城徳尚(まえしろ・のりたか):株式会社ドラミートウキョウ代表 。空間プロデュースを主として、事業企画、ブランディングを手がける。 1981年沖縄県生まれ 上海同済大学大学院卒 。一級建築士事務所アトリエ・天工人・有限会社CPCenter ・UDS株式会社・株式会社ドラミートウキョウ
を経て、現在 株式会社Cal代表取締役

(右)大江航(おおえ・わたる):クリニックTEN 共同創業者&事務長
新卒でデロイトコンサルティングに入社し、主に東南アジアや中国にて自動車領域の商品企画・経営支援に従事。その後、DeNAにてモビリティ領域における経営戦略・新規事業開発を担当。DeNA退職後、2021年5月より医師メンバーとともに、デジタルを組み込み新たな患者と医療の関係性をつくるクリニックTENを共同創業

目の前の人と向き合える事業を探し、出てきた「クリニック開業」という選択

真栄城:僕と大江さんは前職からの繋がりなのですが、最初、大江さんが「クリニックやりたい」って言い出した時はびっくりしましたよ。コンサル出身でロジカルで詰めていくタイプの大江さんが「人と向き合うクリニックを作りたい」って言い出して、一体どうしたんだ?と。

大江:(笑)。本気で医療体験をアップデートしたい、従来の真っ白な空間で決まりきった体験のクリニックを根底から変えたいって話をしましたよね。本当に初期の構想段階、3年くらい前。

真栄城:そうそう。で、よくよく聞いていくと”人と向き合う”って言いながらも「テクノロジーを駆使してスマートな設計で、医者以外の対面時間は短くて」といった話をし出して、矛盾を感じながらこれは面白いぞ、と思ったんですよね。さらに前職を辞める、と決めて本気でスマートクリニックにコミットすることになったと聞いて。これは本気なのだと実感しました。でもそもそも、どういうきっかけで医療をやりたい、ってなったんですか?

大江:前職ではデジタルサービスを何百億規模にスケールさせていくといった事業に携わってきて、もちろんそれも達成感ややりがいがあったけれど、そうした事業を積み重ねていく中でより手触り感がある事業というか、人と向き合って人を対面で幸せにする仕事をしたいと思うようになったんですよね。それってどういう事業なんだろう、と考えていたときに読んでいた本に”社会的な関係性はコントロールできない。だが健康は自分でコントロールができる。どういう環境においても自分が健康であることが幸せに寄与する”と書いてあってハッとさせられて。

当時の自分の生活を振り返ったときに、朝から夜遅くまで働いて食事もおざなりな生活で、自身の健康と向き合えていないとすごく感じたんです。僕らのような働き世代がもっと健康と向き合ってリテラシーを高めていくことで幸福度が高まっていくし、社会的な伸びしろもあると感じました。そこで「簡単に予約できて待ち時間も少ないけど、患者さんと医者が向き合える時間は確保」できるクリニックって作れないのかな、と最初の構想が生まれました。

マイナスをゼロはもちろん、ゼロからプラスにもできるクリニックを目指す

真栄城:大江さんの構想を聞いて、確かにクリニックって待合室で待って診察に呼ばれて処方箋をもらって……という体験が固定されてしまっていると感じました。どんなに短くても30分はかかってしまうしどれくらいかかるかも読めないので、クリニックの後に予定を入れるのも難しい。
大江さんは「待合の時間を減らしたらもっとお医者さんと話す時間が増えるはずだ」って最初から言っていて、むしろ待ってる時間を楽しくできないですかねとか、お医者さんも待合室に座っているような空間って作れないですかねとか通常のクリニックでは考えないような柔軟な発想で初期からブレストをしていましたよね。

今のクリニックって、マイナスをゼロにするために悪くなってから行く場所、というのが通常で、できれば行きたくない場所ですが、マイナスじゃないときにも行きたい、行くと健康になるよねって場所になっていくといいって話していましたよね。特に剛さん(クリニックTEN医師・石黒剛)が言ってて覚えてるのは、マイナスからゼロにする次のステップとしてゼロからプラスがあり、さらにその先にはお医者さんが持っておるリテラシーを患者さんもインプットして、自分で健康の管理ができるようになることを目指したい、ということ。感銘を受けました。


大江:そうそう。もしクリニック内にカフェがあって、ドクターが隣のカフェでお茶を飲んでいて、そこに患者さんと雑談から生まれてくる関係性みたいなのが作れないのか、とか。そういう突飛なアイデアをブレストでどんどん膨らませて、それをもとに真栄城さんが絵を描いていく、といった形でクリニックTENの構想が進んでいきました。

真栄城:最初にデザインコンセプトのキーワードとして出できたのは、「洗練」「ホスピタリティ」「癒し」でした。この3つのキーワードに沿って、洗練さを感じる空間とは?ホスピタリティや癒しを感じる空間とは?と考察を深めていきました。

たとえば癒しというのは自身のアイデンティティを感じる空間であることが大きいのではないか、となり日本人であれば和の空間や木のぬくもりに癒されるのでは、となりました。こうした考察は実際のTENの空間デザインにも生きていると思います。


クリニックTEN・診察室

大江:フラットに人と向き合える空間って何だろう、カフェみたいな場所で隣り合った人がふらっと会話が始まることなのかな、とか色んなアイデアもでてきましたね。

医療の作法と空間をアップデート。「療道」という新たな価値創出を目指して

真栄城:そこを膨らませていくと”お茶”というキーワードが出てきたんですよね。それで大江さんが株式会社TeaRoomの代表で、裏千家の茶道家でもある岩本涼さんを連れてきてくれ、「お茶とは、茶道とは」という概念や意味を教えてもらったんですよね。

僕たちが「お医者さんと患者さんが対等な関係を作れてそこから健康が増進されるような場を作りたい」と思いを伝えたら、岩本さんが「お茶の場では、亭主が自分の型を集中してメディテーションを行っていったら、結果として向かいの人にすごく感謝される。自分のためにやってることで相手に感謝させることができるのが茶室なんだ」といった話をしてくれて、目から鱗でした。

そこから急速に世界が広がっていき、医者が亭主だったとして”茶室”のような空間を作るにはどうしたらいいか?と発展していきました。

大江:岩本さんに聞いて感じたのは、茶道というのは作法と空間のことで、茶室はそれらを提供する場所なんだと。それらが達成できればクリニックでもサウナでも旅館でも茶室になり得るのかもしれない、と感じたんです。

それでいうといまの医療機関の作法と空間はとにかく薬をもらう場所として必要なことをやるだけの場所になっていて、僕らはその作法を壊して新たに医療の作法をアップデートしたい。「悪くなったときに来て薬をもらって帰る場所」ではなく「リラックスしてドクターに相談できる空間で悪くなる前から通い続けて健康になろう」と思える空間ができたら、作法もアップデートされるのではないかと。そこで出てきたのが「療道」というキーワードでしたね。

真栄城:医療とホスピタリティを掛け合わせた作法や空間が出来上がっていくと、もはや医療ではなく「療道」という新たな道ができるのではないか、という。これはプロジェクトの立ち上げ当初にクリエイター陣で議論していく中で出てきた概念なのですが、たとえば茶道とか剣道、花道のようなその道の作法や美学という意味での「療道」。「療道」という言葉ができてから、その確立を目指すために健康はもちろん、癒しを与える空間としてのクリニックをどう作っていくのか、とキーマンたちと視座が共有できていきました。待合室には裸足で入る方が気持ちが解放されるのでは、とかも話しました。待たないという仕組みの上で、居心地が良い待ち合い室兼診察室をどうやって作るかという話から、木のぬくもりを感じるベンチや白いカーテン、季節で変わる花といった空間が生まれていきました。

大江:待合室を茶室と考えて、実際にお茶を出そうという構想だったんですよね。開院時期がコロナ禍に入ってしまい難しくなってしまったのですが。お茶を飲みながら季節の花を眺めて医者を待つって、とても粋じゃないですか。医者がやってきてもいきなり問診をするのではなくて、「今月は何のお花ですか?」といったコミュニケーションが生まれ、そこから診察に入っていく、といった空間を作りたかったんです。

そうなると医者と患者の間には机を挟まない方が対話ができるよね、とか医者もパソコンを打ちながら患者と話すのではなくて、目を見ながら話してもらうためにタブレットの方がいいよね、とか体験の設計ができてくるとさらに対話のための広がりが生まれてきました。

クリニックに通って健康リテラシーをあげていく、「習い事」のようなクリニック体験を

真栄城:体験の入り口になる受付にどうホスピタリティを持たせるのか、というのも結構議論しましたよね。よくあるのはアクリル板に小窓が開いてて「何々さん、入ってください」とアナウンスする形式。アクリル板で受付と患者が仕切られていて、堅苦しいというか距離があるというか。かといって実際には個人情報を扱うし、どこからでも見れる空間にはできない、というので対話と衛生とデザイン性を組み合わせて考えたのが白いカーテンで仕切ることでした。

「療道」の空間を考える上で、高い素材は使わなくてもいいけれど、本物の素材であることは意識しようとなったんですよね。木のふりをしたプラスチックや大理石のふりをした塩ビシートではなく、ゴムの色をしたゴム、木である木、とそのままの素材を素材のまま使うことを意識していて。
それがぬくもりだったり癒しに繋がっていくと考えていました。

大江:「療道」の価値観ができたことで空間の解像度がぐっと上がりましたよね。クリニックの中が見えてくると対外的なTENの意義も見えてきて、TENのある宮益坂には証券会社や銀行、郵便局が多くて、何かコミュニティを産むものがないな、と。そこにクリニックがいきなりできても人がコミュニティを作れるような集まりやすいような空間として見られないのでは、と思ったんです。なので入り口にお茶屋さんがあったらふらっとお茶を飲みながらクリニックを知ってもらえるし、例えば朝にスタッフが街の掃除をしながら、「おはようございます」って街の方に声をかけて、「今日は暑いですね、ほうじ茶はいかがですか?」と、日常とクリニックの接点が生まれ、クリニックが社会に対してオープンになっている環境ができるんじゃないかと盛り上がりました。それで実際に「HYDRATE」ができました。

真栄城:地域に根差す、というのは最初から掲げていたテーマでしたよね。渋谷という街は慌ただしく働いている人も多く、健康という意識に目を向けられていない人もたくさんいる。そうしたまだ意識が向いていない人たちにどうやってアプローチしていくかというのは今後も大きなテーマですよね。

「HYDRATE」を入り口に、毎日ジンジャーほうじ茶を飲みにきていたら医療にもアクセスしやすくなって、かかりつけ医ができて気づいたら健康になっている、という生活スタイルが作れたらそれはすごいイノベーション。さらにそこから患者コミュニティができたり、通うことが習慣化したりして、健康という習い事ができるといいな、て思っています。健康管理や意識改革のためにクリニックに週に1回行くよっていうのが当たり前のようになっていたとしたら、それってすごくいいお金の使い方だなって。

大江:医者と患者でフランクなコミュニティができていく、というのは理想ですね。茶道でいう茶会みたいなものが療道にもできていく、といった風な。

真栄城:面白いし意義深いですよね。僕はデンマークとドイツに住んでいたことがありますが、
それらの国だと予防医療としてしょっちゅうクリニックに行くんですよね。それが結構居心地の良い空間ができていて、日本的でも医療はもっとエンタメ化できるんじゃないかという意識は常にあって。それを今回は実験を含んだ0号店としてクリニックTEN渋谷で実践し、手応えが掴めた。今後、大江さんはどういったところを目指していますか?

大江:今回が0号店という意識は真栄城さんや立ち上げメンバーとは共有していて、渋谷でテストしたことをアップデートして、1号店・2号店と作っていこうという思いは初期からありました。そして来年には関西に開院する計画で動いています。
今まさに構想中ですが、渋谷でやってきたことをベースに次ではより振り切ってもいいのではないかと話していて。例えばお茶の体験を入れたり、サウナがあったりと、より洗練された「療道」を目指して作法と空間をさらにアップデートしたいと思っています。実際にクリニックの中でお茶会を開いたり。それは京都という歴史のある場所だからこそあえてできることなのかもしれません。
そうやって地域に根ざしながらも病院の在り方をアップデートしていける店舗を次は仙台、名古屋、という風に増やして行ったり、ゆくゆくはTENの体験そのものをパッケージにしてフランチャイズ展開もしていきたいと思っています。

真栄城:TENのUXが確立されればされるほど「療道」に近づいていくし、通ってくださる方の健康リテラシーがあがっていく。目指していきたいですね。

大江:そうですね。リアルでのコミュニティや体験はもちろん、その先にはオンラインでの施策や繋がりも見据えて動いていきたいと思っています。ここからですね!




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