社員戦隊ホウセキ V/第127話;復讐の時
前回
苛怨戦士は引手リゾートが億田間に作った新しいホテルを襲撃する。
そう予想したホウセキVは六月五日の土曜日、引手リゾートが新たにオープンした億田間のホテルに向かった。
ホテルに着いたのは午後一時前。男性陣がホテルで潜伏し、女性陣がホテル付近に潜伏するという役割分担になった。
ホテルの中華レストランに入ろうとした時雨と和都は、店員として潜伏しているゲジョーと遭遇した。和都が思わず声を荒げてゲジョーに迫った為、二人は周囲から顰蹙を買い、その場を退却するしかなくなった。
という訳で、ゲジョーと遭遇したもののホテルから追い出されてしまった時雨と和都。時雨はすぐ伊禰に架電してこの件を伝え、そのまま彼女と光里の居る蕎麦屋へと向かった。
二人が合流した時、依然として蕎麦屋には彼らしか客が居なかった。
「もう少し、上手く立ち回って頂きたかったですわね…。と言っても仕方ありませんわね。警察沙汰にされなかったことが、不幸中の幸いと思っておきましょうか…」
伊禰はデザートのクリーム善哉を食べながら、溜息を吐く。和都は「すいません」以外に言うことが無い。時雨も「面目ない」としか言えない。しかしそれでも、全く収穫が無かったという訳ではない。
「だけど、ゲジョーがホテルに潜伏してたってことは、私たちの予想は当たりだったって考えて良いですよね」
そう言ったのは、抹茶アイスを食べていた光里。彼女は凛々しい表情になっている。
「夜になったら、引手リゾートの前社長がホテルに来るみたいなんですよ。前社長と今の社長が揃った時、ニクシムはそこを狙ってますよね?」
先に蕎麦屋の店主から得た情報も併せて、光里はそう推理していた。と言うか、そうとしか考えられない。
「だろうな。苛怨戦士は夜に現れると見て間違いない。ゲジョーが潜伏していた中華のレストランが襲撃されるのだろう」
時雨が相槌を打つ形で予想を語った。話が良い方向で纏まってきたところで、店主が時雨と和都が注文した蕎麦を持って来た。ここで話題は一度打ち切られ、時雨と和都はようやく昼食にありつけて勢いよく蕎麦を啜る。
「おっ! いい食いっぷりだな、兄ちゃんたち! おかわり、遠慮なく頼みなよ!」
この店が空いていて、暇な店主がこう言ってくれたことは、彼らにとって好都合だった。
伊禰たちが陣取った席は、引手リゾートのホテルを観察するのに丁度良い場所。苛怨戦士が現れるまでこの場で監視を続けたい。その為に、伊禰は可能な限り店主の話し相手を務め、時雨と和都は胃袋が耐えられる限り何かを注文して、その時までの時間を費やした。
時は流れ、日が傾き始めた。
引手リゾートのホテルのレストランに潜入していたゲジョーはふと持ち場を離れ、ロビーの一角にてスマホで通話を始めた。
「ゲジョーです。今のところ、シャイン戦隊の姿は見受けられません。しかし、まだ近くに潜伏している可能性は充分にあります。それでも決行しますか?」
彼女の声は何光年のも距離を越え、マダムの金のティアラに受信される。
その時、マダムは小惑星の地下通路を移動中で、歩きながら頭上から発されるゲジョーの声を聞いていた。
「構わん。苛怨戦士が最も憎しみを発揮できる場を優先する」
この架電より前に、ゲジョーは時雨と和都が出現した旨を伝えていた。しかし、マダムはそれで方針を変えようと思わなかった。その方針は、今もブレていない。
話しているうちに、マダムは小惑星の地上に着いていた。そこには苛怨戦士、ザイガ、スケイリーの三者が佇んでいる。先は大暴れしていた苛怨戦士だが、今は椅子のように張り出した岩に腰を掛け、動きを止めている。そしてザイガとスケイリーは、それを遠巻きに眺めていた。
「静まっておるが、嵐の前の静けさそのものじゃな。奥の憎しみは計り知れぬ」
マダムは所見を述べながら、ザイガとスケイリーの近くに歩み寄った。二人はマダムの方を振り返り、それぞれ反応を見せる。
「ついに出動か? どんな暴れっぷりを見せてくれんだろうなぁ?」
スケイリーは愉しそうに笑う。
「こ奴の憎む者、更には地球のシャイン戦隊からも苦しみが集められるだろう。収穫は大きそうだな」
ザイガの方は、ニクシム神に送られる憎しみに期待しているようだった。いろいろな期待を受ける中、マダムは左手に備えた紫の宝石をあしらったブレスレットを翳す。
「苛怨戦士よ! 其方の憎しみを解き放つ時が来た! さあ、行くのじゃあっ!!」
マダムが叫ぶと、左手のブレスレットからは鉄紺をした粘り気のある光が激しく湧き出た。苛怨戦士の左手のブレスレットはそれに呼応して、同様の光を放つ。
「うおおおおおおっ! 引手リゾート、ぶっ潰してやる!!」
その光に触発された苛怨戦士は、立ち上がって怒声を上げた。まるで遥か彼方の地球まで届きそうなくらいの大声を。
自分たちが狙われるとは考えもせず、引手リゾートの前社長である都議会議員は億田間のホテルに姿を見せた。
「父さん。お待ちしてました。さあ、こっちです」
ホテルの正面玄関には社長の暈典をはじめ多数の従業員が待ち構えていて、三台の高級車が現れるや深々と礼をして出迎えた。
暈典は最も先を走っていた車が停まるや、その車に足早に駆け寄る。その車の助手席からは秘書らしき若めの男性が降り、後部座席のドアを開けてそこから白髪の老人を降ろす。
暈典はまずその老人に声を掛けた。この老人こそが、前社長で今は都議会議員である、暈典の父だ。その後、暈典は他の車から降りた議員と思しき老年の男性たちに次々と駆け寄り、挨拶をして回った。
どうやら議員は父を含めて三人呼ばれていたらしい。彼らは暈典に誘導される形で、ホテルの中に進入した。
「改めて立派だな。お前の努力の結晶だ。父として誇らしいぞ」
ロビーを歩きながら、感動した様子で父はそう言った。暈典は満足げに頷く。
「真面目に頑張ってれば、必ず報われるんだ。このホテルも成功させてみせる」
飲酒運転の轢き逃げをして、反省もしない奴が真面目? というツッコミはさておき、父が贈った労いの言葉に暈典は胸を張った。
そんな会話をしながら、三人の議員は中華料理のレストランにやって来た。レストランに他の客は無く、完全に貸し切りだ。一行はまず店主から出迎えの挨拶を受けた後、給仕係であるゲジョーに誘導されて席へと向かう。
「これまた、可愛い子を選んだのぉ。衣装も良い」
青いチャイナドレスのゲジョーを見た時、老いた議員たちは蕩けるように顔をニヤけさせ、喜んだ。彼らの目はゲジョーの顔を確認した後、長いスカートに入った深いスリットから覗く脚に向く。歩く際に見え隠れるゲジョーの足は、老人たちの目を釘付けにしていた。
そんな彼らに内心で癖々としながら、ゲジョーは彼らを円卓に座らせる。暈典も議員と同じ円卓に腰掛けた。
(残念だが、何も食えんぞ。引手親子、お前たちはここで終わりだ)
表面上は笑顔を作りながら、心の中で恐ろしいことを言ったゲジョー。丁度、その直後だった。
「何だ!? 何が起きてるんだ!?」
ゲジョーの後ろで、景色に蜘蛛の巣状の皹が走った。着席していた引手親子と議員らはそれに気付いて驚いたが、ゲジョーよりも後ろに居た店主や他の席へと誘導されていた秘書たちは、彼らの怯えたような反応に首を傾げていた。
しかしその数秒後には、ゲジョーを除くこの場に居た全員が悲鳴を上げていた。
「引手リゾート!! 今日ここで、お前らの息の根を止めてやる!!」
皹の入った景色はそのまま砕け散り、深い紫の宝石を備えた黒衣の戦士が怒声を挙げながら出現した。苛怨戦士だ。店主や秘書たちには、いきなり苛怨戦士の後ろ姿がこの場に現れたかのように見えた。
「な…なんだ、こいつは? ピカピカ軍団の仲間?」
額や胸に見えるアレキサンドライトのような宝石は、暈典たちにピカピカ軍団ことホウセキVを思わせた。強ち間違えではないが、今の彼はむしろドロドロ怪物ことニクシムの仲間だ。
苛怨戦士はゲジョーの横を通り過ぎて暈典たちの座る円卓へ突撃し、逃げようとした引手親子をそれぞれ片手で捕まえた。その間に他の議員は逃げ、店主や秘書たちも思い思いの方向に散って逃げる。ゲジョーだけは悠然と構え、スマホを出して撮影を始めた。
「お前たちは死ぬべき生き物だ」
引手親子を捕まえた苛怨戦士は、景色が臨むガラス壁に顔を向けると額の宝石から紫色の火球を発射した。火球はガラス壁に炸裂し、爆音と火の粉を散らしながらガラス壁を木っ端微塵に砕く。店内は一瞬にして外と繋がり、強風に晒された。
「さあ、お前らに相応しい場所を用意してやる」
苛怨戦士はそう言うと、引手親子を引きずりながら走り出し、ガラス壁に開いた穴から外へと飛び出した。このホテルは断崖に建っているので、彼らは宙に飛び出す形になり、そのまま落下していく。
(さて、シャイン戦隊はいつ来るのか? 私は仕事を続けるが…)
荒廃した店内に残っていたゲジョーは何処か悲し気な目でその様を見届けるや、すぐ拳で景色を割って穴を作り、それを潜って移動した。向かったのは勿論、苛怨戦士が引手親子を連れていった先だった。
次回へ続く!