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社員戦隊ホウセキ V/第48話;GWの特訓

前回


 五月二日の日曜日の夜、取り逃がした念力ゾウオを撃破する為、光里と十縷は自主トレに臨んだ。
 その翌日、五月三日の月曜日、この二人に伊禰と和都も加えて、より本腰を入れた念力ゾウオ攻略の訓練が行われることとなった。


「俺はお前をぶん投げるから、お前は空中で曲がる弾丸を俺に撃て。“念力ゾウオが人間を飛ばせたら”っていう想定の訓練だ。念力に捕まって放り投げられたって設定で、お前は俺を念力ゾウオだと思って撃て」

 和都=イエローが具体的な内容を語ったのは、変身をした直後だった。内容は、朝の自主トレの前に時雨が話していた通りだ。

(なるほど……。なら女性陣は、念力ゾウオが接近戦にも強かった想定の訓練をするのね。祐徳先生がゾウオ役で、光里ちゃんが攻撃を掻い潜った後の格闘をやるんだろうな。役割分担が的確だ)

 レッド=十縷は時雨の話を割と正確に憶えていて、訓練の内容は非常に納得できた。そして、イエロー=和都はこれで説明が充分だと思っていた。

「そんじゃ行くぞ! うぉらぁっ!!」

 いきなりイエローはレッドに掴みかかってきて、そのまま豪快に投げ飛ばした。
    まだ気を抜いていたレッドは、これに全く対応できなかった。いきなり投げられて目が点になり、何もすることなく宙に放物線を描き、そのまま地に叩きつけられた。

「ちょっと待ってくださいよ。いきなりブン投げは無いですよ……」

 悶えながら立ち上がりつつ、レッドは不平を口にした。しかしイエローに聞く耳は無く、引き続き同じ訓練をするべくレッドに迫る。

「ゾウオだって、“ 今から術を掛けます ”  なんて教えねえぞ。どんなに急だって、何とかして対応しろ!」

 そう言っている間にイエローはレッドの眼前まで迫り、また彼を投げ飛ばしていた。

(鬼軍曹だね、この人……。これでこそホウセキイエロー!)

 今回、レッドは意外に落ち着いていて、空中でそんなことを思いながらホウセキアタッカーを抜き取っていた。そして落下する過程で引き金を引き、曲がる弾丸をイエローに向かって発射した。
 イエローはメットの下で口許を弛めつつ、ホウセキディフェンダーを発動してこの弾丸を防いだ。

「良いじゃねえか。弾丸は全部、ちゃんと俺の方に飛んで来たぞ。こんな感じだ! さあ、またやるぞ!!」

 レッドの対応力に心が躍り、イエローの声が上ずる。
    かくしてレッドは再びイエローに襲われ、空中に放り投げられては発砲する。ひたすらその連続だった。


 さて、空き地周辺に移動した女性陣が行う訓練は、凡そ十縷の予想した通りだった。

「時雨君が作ってくれた仕掛けは、念力ゾウオが飛ばす物体という想定です。これを掻い潜って、私に攻撃してくださいませ。私はゾウオ役ですわ」

 悠然と語るマゼンタとそれを聞くグリーンの間では、木の枝に縄で結わえられた浮きのようなボールが何個も、不規則に揺れていた。浮き同士は互いに衝突し、軌跡を変えて更に運動を複雑化させる。練習には丁度良かった。

「それじゃ、容赦無く行きますよ!」

 気合を入れて、いざグリーンは走り出す。昨夜にレッドとやった練習の甲斐があり、複雑な運動をする振り子たちを容易に避けながら突き進むことができた。マゼンタの眼前に迫ったのは、スタートから三秒も経たないうちだった。
 グリーンはソードモードのホウセキアタッカーを走りながら手にして、峰打ちで右から左に薙ごうと構えたが、その動作に入る前にマゼンタは動き出していた。

花英かえいけん奥義おうぎ打法だほうはま昼顔ひるがお!……極法きょくほう宿やどり!)

 マゼンタは寝そべるような形になって臀部を軸に体を回転させ、右脚で地に弧を描いた。
    これでグリーンは足を払われ、突進の勢いも災いして前のめりに倒れ込んだ。マゼンタはすかさず倒れたグリーンの背の上に乗り、彼女の右腕を背に回すと両手両足を絡めて固定した。
 肩や肘の関節をめられ、グリーンは堪らず悲鳴を上げる。

「ご自分の攻撃ばかりに意識が向いていて、相手の動きを見られていません。これではカウンターを食らいますわよ」

 マゼンタは数秒でグリーンの右腕を解放し、背の上から退いた。グリーンは痛む右腕を庇いつつ、地に正座する格好になってマゼンタを見上げる。

(今の、本気だったら右手、折られてるよね……。って言うか、接近戦でお姐さんに勝つなんて、無理でしょ!)

 マゼンタ=伊禰が誇る圧倒的な格闘技術の前に、グリーン=光里は気持ちが萎えそうになる。しかし、それは一瞬。光里には、泣きながらでも立ち向かえる精神力がある。

「でもお姐さんで慣れとけば、ゾウオなんか楽勝だよね」

 そう考えを切り替えて、グリーンは立ち上がった。そして、「もう一度お願いします」と威勢のいい声を上げ、マゼンタに頭を下げる。
 マゼンタはメットの下で微笑み、これを了承。訓練は再開した。


 かくして、グリーンは何発もマゼンタの蹴りや拳を食らい、何度も伏せさせられた。
    しかし何十回目の時だろうか。ホウセキアタッカーの峰は、マゼンタの顔のすぐ近くまで迫った。

(やられる……!)

 咄嗟に後ろに跳んだマゼンタは、眼前を横一文字に通過した短刀の峰を見て、堪らずそう思った。
    初撃を避けられたグリーンは、間髪入れずに二の矢の攻めを繰り出す。逃げたマゼンタに、ホウセキアタッカーの突きを小刻みに繰り出して攻め立てた。

(花英拳奥義・防法ぼうほう枝垂しだれやなぎ!……投法とうほう梅花ばいか!)

 マゼンタはゆらゆらした動きでグリーンの突きを避けつつ、最後はその腕を取って体を捻り、同時に送り足で相手の両足を払い、華麗に投げ転がした。
 転がされたグリーンは、天を仰いだまま悔しそうな唸り声を上げた。

 マゼンタはそんなグリーンに寄り添うように、横に座った。

「凄く良かったですわよ。焦ってしまって、思わず手加減を忘れてしまいましたわ」

 短時間で成長したグリーンを、マゼンタは純粋に賞賛した。寝そべったまま、グリーンは乾いた笑い声で応える。

「お姐さんを本気にさせられたなら、ちょっと嬉しいです。でも、落椿とか鳥兜とかは、本気で食らわさないでくださいね。死んじゃいますから」

 メットの下で、光里は笑みを浮かべていた。それを察したのか、伊禰はメットの上から光里の頭を撫でる。訓練の成果は、それなりに上がっていた。


「皆様、正午です。休憩と致しましょう」

 四人の訓練が煮詰まってきた時、リヨモが空き地に姿を見せた。月光仮面のようなターバンとサングラスで顔を隠し、旅行バッグのような大きな鞄を携えて。
 昼食の差し入れなのは言うまでもなく、リヨモの姿を見るや四人とも変身を解き、彼女の元へと集まった。

「リヨモちゃん、迷惑しちゃね。そんじゃ、一服しようか」

 と光里が言い、このまま昼食になるのかと思われたその時だった。
 唐突に四人の腕時計が擬態を解き、ブレスの宝石部分から眩い光を放った。リヨモのターバンからも、内側のティアラが放つ光が漏れる。四人の表情が強張り、リヨモが耳鳴りのような音を鳴らす。

『みんな、ニクシムが現れた。休みのところ申し訳ないが、社員戦隊、出動してくれ。北野は会社の催事場の前で拾ってくれ』

 ブレスは緊迫した愛作の声を伝えた。内容は予想通りで、昼食はお預けとなる。

「ゾウオが出現した場所は、すぐにお知らせします。皆さん、ご武運お祈り申し上げます」

 耳鳴りのような音を立てるリヨモに見送られ、四人は駐車場の方へと走り出す。リヨモは離れへと走り出した。


 寿得神社の駐車場で白いキャンピングカーに乗り込んだ十縷たち四人。和都が運転席に座り、他三人は居室に陣取る。
 和都が発車させる前に、伊禰は居室に置いてある保冷バッグからパック入りの栄養ゼリーを取り出し、仲間たちに配った。

「軽く補給は致しましょう。勿論、手早く片付けて、姫様のお昼ご飯を頂きますわよ」

 パック入りゼリーを受け取った仲間たちは、自ずと表情が引き締まる。特に光里の表情は、並々ならぬ決意に満ちていた。

(現れたニクシムが念力ゾウオなら、訓練の成果を全部ぶつける! 昨日の失態は、必ず取り返す! みんなの応援、絶対に無駄にしない!)

 心の中でそう叫ぶ光里。やはりこの人を突き動かすのは、周囲への配慮だった。
 そんな思いを乗せて、キャンピングカーは走り出した。

 車は本社ビルの裏にある催事場に立ち寄り、そこで待っていた時雨を乗せた。

『場所は香洛苑こうらくえん遊園地。出たのは昨日と同じ、念力ゾウオだ。連休中だから客も多い。出来る限り急いでくれ』

『皆さんのブレスに、現場の映像をお送りします』

 時雨が乗ったタイミングで、ブレスには愛作とリヨモからの通信が入った。二人とも寿得神社の離れに到着したのだろう。
 ブレスは二人の声を届けた次に、現地の映像を空中に投影した。新杜の言った通り、念力ゾウオが遊園地で猛威を振るっていた。

「暴れ方は昨日と同じ。物を飛ばして、人に当てるのが主。あら、人が乗った遊具の動きも操れるようですわね」

 映像を見ながら、伊禰が分析する。
 映像の中で念力ゾウオはゴミ箱や看板を飛ばし、それを凶器に逃げ惑う人々を襲っていた。そして付近で稼働していたジェットコースターに目が留まるとこれを念力によって脱線させ、高速で線路を駆け下りて来た車輛を地面に叩きつけ、車輛を大破させると共に乗っていた人々に悲鳴を上げさせた。

「昨日も今日も、こいつ人の休日をぶち壊しやがって……」

 珍しく、ふと十縷がそんな独白をした。尤も、全員殆ど同じことを思っていたので、余りこの言葉には反応しなかったが。
 とりわけ途中から車に乗った時雨は感情の振幅が小さく、怒りよりも敵への対策が優先して脳裏に浮かぶ。

「このゾウオ、やはり無生物にしか念力を作用させられないのか? グリーン、レッド。マゼンタとイエローの訓練はもう受けたのか?」

 いつも通り助手席に座る時雨は、居室の方を向きながら十縷と光里に訊ねてきた。
    これには、光里が答えた。

「はい。午前中に。お蔭様で、こいつとの戦い方は、もう青写真ができてます」

 光里は真っ直ぐ時雨の方を見て、力強く答えた。その声と表情を確認して、時雨はしっかりと頷く。
 伊禰は光里の表情を横から見て、和都は前を向いたままやり取りを確認し、それぞれ頷いた。

(光里ちゃんはやるよ! 僕は援護射撃を頑張るぞ! 絶対、このゾウオを止めてやる!)

 十縷は心の中で、しっかりと強く叫んだ。


次回へ続く!

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