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社員戦隊ホウセキ V/第107話;私の恩人は…。

前回


 五月三十日の日曜日、社員戦隊は戦いの後、夕刻に繰り広げられた激闘について議論していた。

 議題に上がったのは、ザイガの所業に憤怒した十縷が見せた、途轍もなく強い力について。

 十縷が見せた力は、憎心力なのではないかと。


 戦いの後、ゴタゴタしていたのはニクシム側も同様だった。
 小惑星に帰投した後、四人はニクシム神の祭壇の前で今日の戦いについて振り返っていた。

「ザイガよ。ゲジョーが近くに居たというのに、何故発砲した?」

 ニクシム神を祀る部屋に着くや、マダムは真っ先にこの話題を出した。低めの声でザイガに詰め寄りながら。彼女が話題に上げているのは、変身を解いた光里をザイガが銃撃した件だ。
 厳しい点を指摘されているザイガだが、全く狼狽える様子は無い。何の音も立てずにただ音の羅列のような言葉だけを返した。

「あれは威嚇射撃です。こちらには戦いを終える意志は無いと、シャイン戦隊に強調する為の。特に緑の戦士は、勝手に戦いを終えた気でいましたから」

 これはマダムの問に答えていないのでは? と思われたが、ザイガはすぐに語った。近くにゲジョーが居たにも関わらず、光里を銃撃した理由を。

「緑の戦士には、確実に弾を当てる必要がありましたのでね。奴のみを狙ったら、奴は避けていたかもしれませんが、ゲジョーを狙えば奴は避けずに受けに行くと考えました。読み通りでした」

 全く悪びれた様子もなく、ザイガは語った。実はゲジョーに当たるよう発砲していたと。そして、こうも付け加えた。

「威力は辛うじてホウセキディフェンダーを破れる程度に弱めていましたから、ご心配なく。緑の戦士もゲジョーも、死なせないようにはしていました」

 しかし弾の威力を弱めていたとは言え、仲間を狙って銃撃したという事実にマダムが怒らない筈が無かった。

「この愚か者が! そもそも、仲間に武器を向けたことが問題なのじゃぁっ!」

 マダムは怒鳴りながらザイガの胸座を掴むと、その手から紫の電光を発した。電光はザイガの体の上を走り回り、激しく火花を散らした。さすがにザイガも苦しみ、耳鳴りのような音を鳴らしながらその場に崩れた。
 傍らに居たゲジョーは慄いたような目でこのやり取りを見つめ、スケイリーは微かに鼻で笑っていた。
 マダムは崩れたザイガを威圧するように立ち、鋭い視線で俯瞰する。

「二度と同じ真似をするでない。次に仲間を傷つけるような真似をしたら、其方を排除する。ニクシムが何を掲げて戦っておるのか、忘れるでない」

 再び声を低くして、マダムはザイガに告げた。ザイガはマダムを見上げ、小さな声で「申し訳ありません」と返した。
 ザイガの顔は変わらない上に、感情の音もしなかったので、この時どういう気持ちだったかは周囲には覚られなかった。

(仲間という理由で無闇に尊重する態度、全くもって愚かだ。確かにゲジョーはそれなりに使える諜報員だが、この程度の術士でこちらに付く者なら、幾らでも居るであろう。ジュエランドにもスカルプタにもグラッシャにも、ニクシムに恩義を感じている者が多数居るのだから)

 やはりザイガは人を能力のみで見ており、人を手駒としか考えていないと思われても仕方がない点が多分にあった。この心の声がマダムに聞こえていたら、彼はこの場で粛清されていても文句は言えないだろう。ザイガが表情の無いジュエランド人で、かつ感情の音も制御できるよう鍛えたことは大きかった。

「すみません、ザイガ将軍。あの時、私が緑の戦士を斬るべきでした。ザイガ将軍のお考えを汲み取れず、申し訳ありません」

 ゲジョーが崩れたザイガの前にしゃがみ、彼の身を案じて寄り添ってきた。目に涙を浮かべながら。射殺されてそうになっても、ゲジョーの中でニクシムに感じている恩義は揺るぐ気配すらなかった。
 ザイガは申し訳程度に、鈴のような音を鳴らした。

「お主が謝ることではない。マダムの申すことに誤りは無い」

 そうは言うものの、これはザイガの真意ではない。
 しかしゲジョーはそんなことなど露程にも思っておらず、ザイガの言葉に堪えていた涙を零してしまう。
 そんなゲジョーをマダムが立つように促し、慰めるように頭を撫でる。

 その光景を眺めるザイガは、地球人なら舌打ちでもしていたところだろう。

(殺された使用人に似ているか何だか知らんが、そんな理由でこの娘を寵愛しおって。もっと正しく評価しろ)

 感情の音を消しながら、そんなことを思っていたザイガ。しかし、ここまでマダムに反感に近い感情を抱いているのに、何故ザイガはマダム従っているのか? その理由は圧倒的な力量の差もあるが、それ以外の要因もあった。

(しかし、この奇人と居ると落ち着くのは事実。忌まわしい記憶が残っていても、それで頭が満たされることはない…)

 マダムに初めて出会った時から、ザイガはずっと安心感をマダムに覚えていた。この感覚の正体が何なのか、全く理解できない。
 だからザイガはマダムを密かに【奇人】と呼び、一定の敬意を抱いていた。

 そんな中、ふとスケイリーがマダムに話し掛けていた。

「今回の出撃だが、かなり収穫があった。ザイガ将軍が出向いてくれたお蔭だ。あんまり虐めたら可哀想だぜ」

 マダムに屈したザイガに目を向けつつ、スケイリーは言った。その口調は明らかにザイガを貶していたが、ザイガはこの手の喧嘩は買わない。
 マダムもスケイリーの態度より、思わせぶりな話の内容の方が気になり、すぐ「収穫とは何じゃ?」と問うた。問われたスケイリーは相変わらずもったいぶる。

「目を付けるなら、マダムに似てる緑の戦士でも、経緯がこっち寄りの青の戦士でもなかったみたいだな。あいつなら、ニクシム神に見入れられるぜ」

 それが誰なのか、スケイリーは明言しなかった。しかし、誰かは明らかだったのだろう。マダムはほくそ笑んで頷いた。
 そしてスケイリーはまだ座り込んだままのザイガに歩み寄り、彼に提案した。

「あんたもそう思うか? それなら、一丁やってみたいことがあるんだが…。乗ってくれるか?」

 具体的なことは何一つ言わないスケイリー。それでも、ザイガは彼の考えるところを察することができたのか。鈴のような音を微かに鳴らしつつ、立ち上がった。

「お主がそんなことを申すとはな。指揮官らしくなってきたな」

 スケイリーを称えたザイガは、立ち上がると強く彼の方を見た。スケイリーも同じく熱い眼差しを返す。

「ニクシム神から生まれたお主の申すことなら信頼できる。その話なら、乗ってみる価値は充分にあるな。スケイリー将軍よ」

 スケイリーが何を考えているのか、本当にザイガは解っているのだろうか? という心配は他所に、話は進んでいく。そして、それはマダムも同様だった。

わらわもそう思うぞ。そうすれば、地球のシャイン戦隊は終わりじゃ。そして、地球を救うことできる。スケイリーよ! ザイガと共に作戦を立て、実行するのじゃぁっ!」

 具体的な内容も聞かずに、マダムはゴーサインを出してしまった。何にせよ実質的な首領からゴーサインを貰えたので、スケイリーは得意気に胸を張っていた。


 ザイガの懲罰から次の作戦会議へと、ニクシム首脳陣の話題は滑らかにシフトした。

 そして、ゲジョーにも次なる命が下された。


 やがて話は打ち止めとなり、自由解散のような感じになった。ゲジョーはニクシム神を祀る部屋を出て、徐に洞窟のような道を進む。特に行く当ては無い。ぼんやりと歩いているだけだ。
 そんな中、先の戦闘の光景がゲジョーの脳裏を過る。それは、自分に向けて発砲したザイガと、そんな自分の前に踊り出て、ホウセキディフェンダーを発動した光里の姿だ。

(何故、私を守った? 失敗したら、自分が死んでいたかもしれないのに…)

 疑問と言うよりも、悔しさに近い感情がゲジョーの中にこみ上げて来る。ゲジョーは足を止め、下唇を噛み締める。頬には、一筋の涙の線が描かれる。

「お前じゃない。私の恩人はお前じゃない…」

 自分の中に湧きつつある感情を、必死に否定するゲジョー。

 その為に、ザイガたちのことを考えようとした。すると脳裏に浮かんだのは、マ・スラオンとマ・ゴ・ツギロの首をザイガが放り投げ、それをスケイリーが破壊する光景だ。

 あの時、二人の頭部の破片が地に舞い散った。あの夕陽を反射する無数の粒子は、故郷・グラッシャで見た辛い光景と重なった。ゲジョーの目からは涙が溢れたのは、その為だった。

(終わった…。殺される…!)

 あの時も夕方だった。
 当時のグラッシャを牛耳っていた巨大生物が、自分の目の前で二人の人間を叩き潰した。巨大生物は体を擦って、自分にこびりつく潰した二人の肉片を落とした。
 無数の肉片や血の滴が、夕陽を反射してゲジョーの目の前に舞い散った。

 あの巨大生物たちがどんな姿をしていたのか、全く思い出せない。
 それなのに、夕陽に照らされる肉片や血の滴は克明に記憶している。
 自分の死を悟った、あの独特な感情も。

 この直後に、金で飾られた黒い宝石の巨人が現れ、この巨大生物と死闘を繰り広げた。
 
 お蔭でゲジョーは命を救われた。

  

(あの方々は、私を救ってくださったんだ…!)

 自分に言い聞かせるゲジョー。しかし堪え切れなかった。両膝を折り、涙を滝のように流し始めた。
 それでも声だけは出すまいと、歯軋りをすることで声を喉の奥に封じていた。

 空気の冷たい洞穴の中、岩壁に荒い息遣いが弱々しく反響していた。


次回へ続く!

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