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社員戦隊ホウセキ V/第59話;出会ったのは希望の光

前回


 五月五日の水曜日、GWゴールデンウイークの最終日であり、光里の二十三回目の誕生日であるこの日、光里は十縷をデートに誘った。
 デートをしながら、光里は十縷が入社する前にあった話をいろいろとした。その中で、最も時間を掛けて話したのは、初出撃となった燐光ゾウオ戦だった。



「そんな感じで、燐光ゾウオには何とか勝ってね。リヨモちゃんには、主にワットさんやお姐さんの言葉が響いたみたいなんだけど、最後に隊長が説得したんだ。それでリヨモちゃんは考えを改めて、私たちを全力で支援しようと思うようになった感じだね」

 そう光里が語っていた時、十縷と光里は遊園地を出て駅への道を歩いていた。話の内容に、十縷は圧倒されっ放しだ。

「確かに、ワットさんの言葉はシビるわ。僕、女だったら惚れてるな」

 十縷が光里の話から得意の想像を膨らませ、和都の咆哮を脳内で再生していた。

「地球を第二のジュエランドにしない! 地球も貴方も、絶対に守り抜く! 貴方と出会ったあの日、俺はそう心に誓いました! これは紛れもない、俺の意志です! 選ばれたから仕方なくやってるんじゃなくて、俺の意志でやってるんです!!」

   

「ワットさん、カッコ良すぎる! で、隊長は何を言ったの?」

 十縷はどんだけ和都が好きなんだ…。と言うのはさておき、彼はちゃんと光里の言葉を聞き逃しておらず、「最後に隊長が説得した」という部分について光里に質問した。
 光里は暗くなりつつある空を見上げて、その言葉を思い返す。

「ゾウオを倒して神社の離れに戻った時、真っ先に言ったんだよね。“ 私たちは、むしろ貴方に感謝しています。貴方が地球に来てくれたお蔭で、私たちは人を助けられる力や機会を授けて貰ったんですから ”って。リヨモちゃん、凄く嬉しかったみたい。自分が地球に来たことを感謝されたの、初めてだったから。私じゃあ、あれは言えなかったな……」

 しみじみと語る光里は、時雨の口真似が微妙に上手かった。それはさておき、聞き手の十縷は何度も頷いて、「さすがは隊長だ」と深く感心していた。

 会話しながら歩いていた二人は、一度信号に足を止められた。
    その時、光里は徐に自分のスマホを手に取った。メールかSNSの通知が来たらしく、画面を触って覗き込みながら、嬉しそうに口角を上げていた。

「何? 何か連絡?」

 十縷がそう訊ねてくると、光里は咄嗟にスマホをしまった。

「別に何でも良いでしょう。高校の友達から。ああ、女の子だから気にしないで。って言うか、女子校だったから女子の友達しかいないし」

 この件には踏み込まないで欲しいと、光里は態度で示しているようだった。十縷はその気持ちを読み、これ以上の質問は止めた。

 暫くすると信号は青になり、二人は再び歩き始めた。

「ところで、今から寮の方に戻ったら丁度夕飯時だよね。私、筋肉屋に行ってみたいんだけど、連れてってくれる? ワットさんに行かされてるんでしょう?」

 光里は何処か悪戯っぽく笑いながら、思いもよらぬ提案をしてきた。
 デートの締めくくりとなる夕食に、まさか筋肉屋を選ぶとは!? 十縷は思わずぶっ飛びそうになった。

「本当に筋肉屋に行くの? あそこの大将、凄くクセ強いし、栄養も蛋白質に偏ってるって言うか、それしか無いし……。光里ちゃん、本当に大丈夫?」

 折角ならもっと洒落た店にと誘導したいと思う十縷に対して、光里は「行きたいから」と同じ表情のまま意見を変えない。
 ところで光里のこの表情、理由は筋肉屋ではなかった。

「そう言えばさ、急に【光里ちゃん】って呼ぶようになったね」

 この光里の一言は完全な不意打ちだった。十縷は思わずハッと息を呑む。

「もしかして、嫌だった?」

 初対面でそう呼んだら、時雨に軽く叱責された。そして光里自身も、初めて宝世機を召還した時に、「ミッション中はグリーン、それ以外は神明」と明確に言っていた。
 しかし自分はドサクサに紛れて、一昨日から光里ちゃんと連呼している。気分を害したのかと、危惧するのは当然だった。
 そんな彼の様子を窺い、光里はクスクスと笑っていた

「好きに呼べば良いんじゃない? 私だって、ジュール君って呼んでるし。多妻木島の人の名字って神明ばっかりだから、昔は光里としか呼ばれてなかったし」

 敢えて、嫌か否かは伏せた光里。その為か、十縷は狼狽した様子のままだ。そんな十縷を、光里は更に刺激してきた。

「いきなり【神明さん】から【光里ちゃん】に変わったの、親近感覚えたからなのかなーって思ったんだけどね。そうじゃないなら、仕方が無いか」

 どういう訳か、光里は十縷を手玉に取っていた。今まで光里が見せなかった意外な一面に十縷は驚き、殆ど誘導される形でこう言った。

「いや、【光里ちゃん】と呼ばせてください! お願いします!」

 その言い方は、懇願と呼ぶのが相応しいくらいだった。これが滑稽なのか、光里はクスクス笑い続ける。その横顔を見ていると、十縷も何故かつられて笑顔になった。何だかよく解らないが、帰り道は猛烈に楽しかった。


 かくして、大成功となった十縷と光里のデート。仕掛け人のリヨモと伊禰は、寿得神社の離れに集っていた。

「光里ちゃんには最高の誕生日プレゼントになったでしょうか? 千秋さんの話では、ジュールさんと光里ちゃんは相性が良いみたいですし。考えるだけで楽しいです」

 リヨモは激しく鈴のような音を鳴らす。これに対して、伊禰は少し困り顔で言った。

「喜びの音が大き過ぎて、聴診ができませんわ。まあ、健康そのものということで宜しいでしょうか?」

 この時、伊禰は白衣を羽織り、聴診器を首から下げてリヨモの胸に当てていた。リヨモの方も服を捲り上げ、胴体を晒している。定期健診だ。

 実は伊禰、去年からリヨモの主治医を務めていた。リヨモが持ってきた文献を参考に、ジュエランド人の体について学び、診察ができるレベルにまでなったのだ。ジュエランドの言葉は日本語と同じだが、文字が異なるので楽ではなかった。それでも、伊禰は数ヶ月でリヨモの健診ができるレベルになったのだった。

 それはさておき、リヨモの鈴のような音は本当に大きい。それを聞いていると、伊禰も自然と嬉しくなる。この流れで、リヨモは伊禰に話しかけた。

「光里ちゃんは本当に優しい方です。伊禰先生は、あのお話をご存じですか? 光里ちゃんが初めて東京に来た時に、出会った女の子の話」

 急な話題変更だったが伊禰には話が通じて、会話は途切れずに続いた。

「光里ちゃんが中二の時、学校の先生と一緒に陸上の全国大会で東京にいらした時の話ですわよね。私も存じておりますわよ」

 それはどんな話かというと……。


 小学生の時からずっと50 m走のタイムが凄かった光里は、中二の時に体育の先生に懇願され、東京で開催される全国大会に出ることになった。

 そんな経緯で、体育教師と二人で訪れた東京。予約したホテルに行こうとしたが、最寄駅からの道が判らなくなり、二人して迷ってしまったのだ。そんな時、都民と思しき女の子が道を教えてくれた。

「中高生みたいで制服着てたんですけど、驚きましたよ。スカートは凄く短かったし、耳にピアスもしてたし。島にはあんな子居なかったから。驚きって言うか、ちょっと怖かったですね」

   

 彼女の印象を、光里はそう語っていた。

 だがその見た目とは裏腹に彼女は優しく、光里と教師が迷っていると気付くや、自分から近づいてきてホテルまで先導してくれた。凄く親切な人物だったと、光里は強く記憶している。だが同時に、不思議な人物だった。

「お礼がしたいって先生が言いだして、そのまま三人でホテルの喫茶店でケーキセット食べたんですね。勿論、先生の奢りで。その子、そこで変なこと訊いてきたんです」

   

 彼女の質問はとても印象的で、だから光里は九年経った今も彼女を忘れられないのだ。その質問とは…。

「もし自分が未来を知っていて、将来この世界を滅ぼそうとする者が目の前に居たとしたら、お前はどうする?」

   

 前後の脈絡も無く、いきなりそんな突拍子の無い質問をされて、光里は本当に驚いた。しかし、回答は全く迷わなかった。

「今のうちからその人と仲良くなって、考えを変えるよう説得する」

   

 光里は自分がそう答えたこと、それを聞いた彼女が驚いたように目を見開いていたことを明確に憶えている。彼女の顔そのものは、今では全く思い出せないのだが……。


「ワタクシなら、その者を今のうちに倒すなどと言いそうなものですが、光里ちゃんは全く違う。誰も傷つけずに、平和をもたらそうと願うとは……。あの方は、本当に素晴らしい方です」

 リヨモは光里の回答を、非常に崇高なものと捉えていた。伊禰は笑顔で、リヨモの演説と鈴のような音に聞き入る。

「その者を倒すとか、暴力的でいけませんわよ」と思ったが声には出さず、「そうですわね」とリヨモに合わせていた。

 ところで、リヨモが光里の回答をここまで崇高に捉えるのは、それなりに理由があった。

(貴方ならできるのでしょう。ワタクシの憎しみも消した貴方なら……)

 心の中だけで呟いたリヨモ。ワタクシの憎しみとは?


 実はリヨモ、地球に来たばかりの時、自分の姿を見て「化け物だ!!」と絶叫したバイトの巫女二人に対して、並々ならぬ憎悪心を抱いていた。
 あの声が不意に思い出され、やり場の無い怒りに襲われることが何度もあった。その度に、あの二人も自分と同じように異国で排斥されて欲しいと、本気で思った。

 しかし、光里と初めて話したあの夜、何故かその感情は消えた。

「もしジュエランドに地球人が難民として現れていたとしたら、ワタクシも彼女たちと同じことをしたかもしれません。ですから、一概に彼女たちを責められません」

  

 光里に巫女二人の話をした時、リヨモは自然とこう言った。
 今までそんなことを一度も思ったことが無かったのに、天から授けられるように脳裏にこの言葉が浮かび、殆ど無意識で肉声にしていた。
    そして次の瞬間、何故かリヨモの中から巫女たちに対する怒りや憎しみは消失していた。

    以降、彼女らの言葉を思い出して怒ることも無くなった。本当に不思議だった。

(本当に、あのお方に会えて良かった……)

 リヨモは心の中で、この気持ちを深く噛み締めた。すると、何故か雨のような音が少し出た。傍らの伊禰は少し意外そうに首を傾げたが、言及はしなかった。


次回へ続く!

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