見出し画像

社員戦隊ホウセキ V/第46話;三足目の草鞋

前回


 副社長の一行と別れた後、十縷と光里の間にどんな進展があったのか? 懺悔を続ける光里と、励ました方に悩む十縷という構図は、暫く変わらなかった。

 ところで、光里の問題にリヨモが無関係でいる筈が無かった。

『リヨモです。状況はだいたい把握しています。光里ちゃん、ごめんなさい』

 光里のブレスが緑の光を放ちながら腕時計の擬態を解き、リヨモの声を伝えてきた。

『来年の五輪で金メダルを取って欲しいなどと、ワタクシが言ったばかりに……。だから光里ちゃんを悩ませて、苦しめる結果になってしまい……。軽々しくあんなことを言ってしまって、本当に申し訳ありません』

 その場に居なくても、通信機能などでリヨモは状況を把握していた。そして雨のような音を立てつつ、詫びの言葉を連ねてきた。
     しかし光里は首を横に振る。

「違うよ。リヨモちゃんは何も悪くない。これは私の問題だから……」

 光里はすかさず、そう返した。それからブレスの向こうのリヨモと、隣の十縷の二人に対して語り始めた。

「私、社員戦隊に選ばれた時点で、引退しようかって思ってたんだ。隊長みたいに、競技が戦闘に生かせるならいいけど、私の場合はそうじゃないからね。短距離とは、使う筋肉違うし。だけど、いろんな人の話を聞いて、続けた方が良いのかなって思って……。でも、考えが甘かった。草鞋は二足まで。三足目は無理だったよ」

 夕焼けを照らす池の水面を見ながら、光里は自分の胸中を語った。今日まで光里は、いろいろな事情を考慮して随分と悩んできたらしい。それを知って、十縷はいたたまれない気持ちになった。リヨモもブレス越しに、相変わらず雨のような音を響かせてくる。
 対して光里は、自嘲気味に笑っていた。

「私、そもそも目指して短距離の選手になった訳じゃないからね。中学の時、体育の先生に言われて、自分が普通の人より凄く足が速いって知って……。で、進学や就職に有利ならって思って、走ってただけだから。そんな奴がダラダラ続けてたら、本気で競技に打ち込んでる人に申し訳ないよ。だから私、もういんた……」

 光里が決定的な一言を言おうとした、その刹那だった。十縷が横から手を伸ばし、彼女の口を塞いだ。
 思わぬ行動に、光里は目を見開いた。息苦しかったので手を外させ、批難がましい視線を十縷に向ける。
    対する十縷は、曇りのない眼差しを光里に向けた。

「光里ちゃんはホウセキグリーンとして地球を守れるし、短距離走の選手として観客を喜ばすことができる。どっちも、簡単にできることじゃない。だから、どっちも捨てないで欲しい。これは君のファンとしてお願いする」

 十縷は人格が変わったかのように、歯の浮くような科白を語り出した。しかも、どさくさに紛れて【光里ちゃん】と呼んだ。十縷がこの機に乗じて光里を口説こうと思っていたのか?
 それはさておき、光里は感激しないどころか、むしろ白けていた。

「でもさ……。そうやって両方続けて、今日みたいに試合の日にニクシムが出たら、どうすんのよ? 社員戦隊だってことは部外秘だから、“ 社員戦隊の任務で、今日の試合は欠場します ”   なんて説明もできないんだよ」

 光里の言う通り、両立は簡単ではない。だから光里は悩み、苦しんでいる。
    十縷の方は勢いで発言したところもあるので、突っ込まれたら弱かった。しかし悩みながらも、十縷は言った。

「ニクシムが出たら、すぐ出撃するべきだよ。でも試合は欠場するべきじゃないし、引退なんて極論過ぎるって言うか、光里ちゃんは悪くないよ。悪いのは……」

 十縷の発言は正論だが、まとまりも無かった。
 だから、光里は期待していなかった。「ニクシムが悪い」などと中身の無い発言をするのだろうと思っていたが、その予想は外された。

「悪いのは、大会主催者だ!」

 この発言は全く想定していなかった光里。思わず耳を疑い、目が点になった。そんな中、十縷は続けた。

「僕も、選手入場の直前まで会場に居たけど。あのタイミングで、ニクシムが暴れてるって速報が入ってたよね? 観客のスマホも、幾らか反応してたし。だからさ、近くでニシクムが暴れてるって知ってたのに、試合を止めなかった主催者が悪いよ。ニクシムと試合が重なったら、光里ちゃんは悩むって。だから僕、今思った。実業団陸上連盟に【ニクシム出現の際の対応】を検討して貰うように、社長に頼むよ。そうすれば、光里ちゃんは社員戦隊と陸上選手を両立できる」

 十縷が演説した内容は、光里には意外に思えて仕方がなかった。だから、暫く衝撃で固まってしまった。それから数秒後、光里は何故か笑い出した。

(あれ、どうした? 何か間違ったこと言ったのか?)

 光里の反応に十縷は不安を覚えたが、それは違った。

「やられたって言うか、見直したって言うか……。ジュール君って、頭が良いんだね。頭の回転が良いから発想が冴えて、だから想造力も凄いのかな」

 何を言うのかと思えば、光里は十縷を賞賛してきた。思わぬ発言に十縷は戸惑うが、光里は構わず続ける。

「迷惑しちゃね。ここまで考えてくれて、本当に嬉しかった。話も現実的で、納得できた。今した話、ちゃんと社長に頼んでよ。男に二言は無いからね」

 光里の目に浮かんでいた涙は、完全に乾いていた。自然な笑顔を向けられ、十縷は堪らず顔が紅潮する。一方の光里は一瞬で気が晴れたらしく、明日のことを考える余裕まで生まれていた。

「ねえ、ジュール君。その頭の回転で、今回逃げたゾウオが次に現れたらどう戦うか、考えようよ。って言うかあのゾウオの攻撃、私なら掻い潜って懐に飛び込める……って言うのは自信過剰かな?」

 光里は先にリヨモから送られて来た映像を思い出し、念力ゾウオとどう戦うのかを考え始めていた。話題が思わぬ方向に展開し、十縷はかなり驚いて対応しかねていたが、対照的にリヨモはテキパキしていて、先刻の念力ゾウオの映像を光里のブレスに送ってきてくれた。

 かくしてそのまま三人だけで作戦会議が開かれた。
「今から光里と十縷で攻略法を編み出す」と、リヨモが愛作たちに伝えたのは、この少し後だった。


 公園での語り合いの後、十縷と光里の二人はファーストフード店で夕食を済ませ、それから寿得神社に直行した。

 駐車場でサイドカーと別れた二人は、社員戦隊が訓練場として使っている杜の空き地へと突き進んだ。

「もう暗いし……。明日の朝にした方がいいんじゃない?」

 日が沈んで空も黒くなったこともあり、十縷は余り乗り気ではなかった。しかし、光里に考えを変える気は無かった。

「このくらいの暗さなら、変身すれば充分見えるよ。ホウセキスーツの暗視能力って、結構高いんだから。それに、そのゾウオが明日の朝に出たらどうすんの? 練習するなら、今しか無いんだよ」

 大会が終わったその日の夜に、こんなことを言えるとは。光里は責任感が強く、かつ体力が充実していた。十縷は感服するしかない。

(あんだけワットさんに怒鳴られて、ついさっきまで大泣きしてたのに……。こんなすぐに立ち直って……。凄い精神力だな。これだけ精神的に強いから、日本でトップの選手になれた訳か。凄い……)

 十縷がそんなことを思っているうちに、二人は空き地に到着していた。
    光里は空き地の中心で足を止めると、ブレスでリヨモに結界が張られているかを確認し、それからグリーンに変身した。そして、十縷にもレッドに変身するよう促す。
 十縷はしぶしぶ変身すると、周囲が明るく見えるようになったので感嘆した。しかしそれでも、この訓練には彼を戸惑わせる要素が多分にあった。

「じゃあ、念力ゾウオに撃った曲がる弾丸、よろしく。まずは五発くらいで。できるだけ、いろんな動き方させてね」

 レッドが戸惑っている理由は、グリーンが言ったことから容易に推察できる。
    今から実施する訓練は、今日の戦いでレッドが披露した曲がる弾丸を念力ゾウオが動かす物体に見立て、グリーンがそれらを掻い潜ってレッドの懐に飛び込むという内容なのである。

「でもさ……。うっかり当たっちゃったら、大怪我するかもしれないし……」

 このように、撃つ側のレッドが躊躇うのは当然の心理だろう。しかし、グリーンの方には一切の迷いや恐怖は無い。

「何度も言ってるけど、弾丸の硬さを調節して、スーツが破れない程度にすれば当たっても大丈夫だって。あんな風に弾道を操れるなら、弾丸の硬さを調節するくらいなんてこと無いでしょう?」

 グリーンの言葉は楽観的に聞こえるが、これはレッドの想造力を信頼している裏返しでもある。それでも煮え切らないレッド。
    そんな彼の態度に苛々して、グリーンはついに怒鳴った。

「さっさと曲がる弾丸、撃って! 撃ってくれなきゃ、二度と口利かないよ!」

 グリーンは余り考えず、突発的にそう怒鳴った。そして適当に怒鳴ったこの言葉は、レッド=十縷を突き動かす上で最も有効だった。

(何? まさか僕の態度、そんなに嫌なの? 嫌われるの?)

 十縷が最も避けたいのは、光里に嫌われるということだ。図らずして、そこを的確に突いたグリーン=光里。
   かくして、レッドは彼女の思った通りに動いた。

「今すぐ、撃つから! だから、嫌わないで!」

 だからって、いきなり撃つか?
 というツッコミが入りそうなくらい、レッドはすぐにガンモードのホウセキアタッカーをホルスターから抜き、引き金を五回引いた。
    赤く光る弾丸は速度こそ遅いが、不規則な軌跡を描きながら前に飛んでいく。

「丁度いい感じ……! それじゃ、行くよ!!」

 射撃のタイミングは唐突だったが、グリーンは動じない。要望通りの弾が来たので、頷きつつレッドの方へ走り出した。
    そのグリーンの行く手を阻むように、弾丸は曲がりながらグリーンの左右や背後に回り、彼女に着弾しようと迫る。
   グリーンはこれらを、身を翻したり飛び跳ねたりしながらやり過ごす。かくして四発の弾丸を避け、一気にレッドに迫るべく走り出そうとしたが、その瞬間に背後から飛んできた五発の弾丸が彼女の後頭部に炸裂した。

 グリーンは堪らず、前のめりに倒れる。レッドは思わず、裏返った声で「大丈夫!?」と騒ぎながらグリーンに駆け寄る。しかし当のグリーンは、平然と立ち上がった。

「威力を低くしてくれてたから、全然大丈夫だよ。普通の弾だったら、頭ぶち抜かれて死んでただろうけどね……。だけど、駄目だね。後ろからの弾を意識できなかった。ちゃんと全部の弾を見て、後ろに行ったヤツもどう飛んでくるのか考えないと……。今みたいな感じで、またお願いしたいけど、いい?」

 グリーンは笑いを交えながらも弾丸を食らった理由を冷静に分析し、対策を考えていた。これに対してレッドは思った。

(この練習、やっぱり危ないよ……。でも念力ゾウオの攻撃に対応する方法は、この練習くらいしかない。スーツが破れない程度に、僕が弾丸の速さや硬さを調節すれば、当たっても怪我をしない。僕次第ってことだよな)

 苦悩しつつも己を納得させ、レッドはグリーンの要求に従った。

    かくして彼は再びグリーンから離れ、ホウセキアタッカーの引き金を五回ほど引く。曲がりながら飛んでくる赤い弾丸に向かって、グリーンは走り出す。

   この練習は、もう暫く続いた。


次回へ続く!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?