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社員戦隊ホウセキ V/第99話;罠

前回


 殺された筈のマ・スラオンが、地球の採石場で磔にされている。五月三十日の日曜日、リヨモのティアラは衝撃的な光景を映し出した。

 ほぼ同時にゲジョーが寿得神社の離れを訪れ、「リヨモを差し出せば、スラオンを解放する」という旨の発言をして去って行った。

 どう対応するべきか社員戦隊の一同が悩む中、十縷の中にインスピが湧いた。


 問題の採石場だが、ゲジョーが到着した以外には大した展開も無く、ただ時が流れていた。
    マ・スラオンを磔にした高い十字架、それを取り囲む数体のウラーム、少し離れた場所に居るゴスロリのドレスのゲジョー。彼らは開けた土地の景色の一部と化し、特に何もせず空虚な時を過ごしていた。
    そして気付けば日は傾き始め、空は朱色に染まってきた。

(来ないな。まあ、奴らも警戒しているだろうしな……)

 さすがに退屈で、任務に真摯なゲジョーでも時折欠伸が出る。早くシャイン戦隊に来て欲しいと言うか、来なかったら嫌だ。そんなことをゲジョーが思いつつあった、その時だった。

「来た……! シャイン戦隊だ!!」

 思わずゲジョーの声が上ずる。遠方から白いキャブコン型のキャンピングカーが走って来たからだ。すっかり見慣れたホウセキVの車だ。ゲジョーの声を受け、三体のウラームが彼女の近くに駆け寄って来た。
 キャンピングカーはゲジョーの正面で停まった。

(黄の戦士と青の戦士。後ろは見えんな)

 ゲジョーはキャンピングカーの中を確認してフロントガラスにスマホを翳したが、運転席の和都と助手席の時雨しか見えなかった。そして、この二人が降りて来た。

「姫をお連れした」

 時雨が鋭い視線をゲジョーに向けつつ、そう述べた。和都はその隣に並び、時雨と二枚の壁を形成して相手を威圧する。
 その間に車体側面のドアが開き、中から人が降りて来た。時雨の言った通り、マ・カ・リヨモが。十縷が露払いのように先導し、光里が隣に寄り添い、後ろに伊禰が続く形で。

「マ・カ・リヨモ。これは取引に応じるという意味で良いのだな?」

 傲慢な口調でゲジョーが訊ねると、リヨモは頷く。

「ええ。ワタクシは来ました。そちらも約束通り、陛下を解放しなさい」

 リヨモは光里に付き添われながらも、胸を張って勇まし気な雰囲気を作る。その様をゲジョーは嘲笑った。

「王家の威厳…のつもりか? 怖くて仕方ないくせに」

 ゲジョーが指摘した通り、リヨモは耳鳴りのような音を盛大に響かせている。図星だからか、ホウセキVの一同はこの発言に怒りを滲ませる。

「そんなことはどうでもいい。王を解放しろ」

 しかし怒って取り乱す程、彼らも愚かではない。時雨が低い声でそう返すだけに留める。さて、時雨の一言で話は本題に戻る。

「いや、マ・カ・リヨモが投降するのが先だ。お前は私と共に、あの十字架の下まで行け。シャイン戦隊はそこで待っていろ。絶対について来るな」

 そうゲジョーは要求してきた。そして相手が反論する前に、後方を指す。

「聞けぬと言うなら、それなりの手段に打って出てるぞ」

 ゲジョーの指す先には、マ・スラオンを磔にした十字架と四体のウラームが居て、ウラームのうち二体は長い槍を持ち、穂先をマ・スラオンの胸に突き付けている。ホウセキVは従うしかなかった。

「聞き訳が良くて、こちらも助かる。さあ、行くぞ。マ・カ・リヨモ」

 かくしてゲジョーはリヨモの方に歩み寄る。彼女の傍らに居た三体のウラームも動き、それぞれ時雨と和都、十縷、伊禰を分担して牽制した。
 リヨモの近くまで迫ったゲジョーはウラームと同じ鉈を出し、それで光里を牽制。光里はこれに従う形でリヨモから離れ、リヨモはゲジョーの方に歩み寄った。それからゲジョーはリヨモの後ろに付き、彼女の背に鉈を突き付けながら前に歩かせた。
 光里はマークが外れる形になりそうだったが、十縷を牽制するウラームと伊禰を牽制するウラームが警戒していたので、動けなかった。

 ゲジョーに押される形で進むリヨモの背に、光里たち五人が心配そうな眼差しを送る。そんな緊迫の中、リヨモは磔にされたマ・スラオンの元にかなり近づいた。
 ある程度の距離になるとマ・スラオンを見張っていた四体のウラームのうち槍を持っていない二体がリヨモに迫って来て、彼女の首に鉈を突き付けた。

 ゲジョーはリヨモの後ろから離れ、マ・スラオンの十字架の方に歩み寄った。彼女はマ・スラオンに槍を向ける二体のウラームに声を掛け、槍を降ろさせた。

「マ・カ・リヨモよ、約束通り、この者を解放してやる」

 ゲジョーがリヨモの方を振り返り、そう言った次の瞬間だった。リヨモは鉄を叩くような音を立て、ホウセキVは絶叫した。
 と言うのも……。

「待ちくたびれたぜ! やっと動ける!!」

 マ・スラオンが汚い声でそう叫んだ。しかも力強く自分を縛る鎖を引きちぎり、十字架の上から飛び降りたのだ。ゲジョーとリヨモの間に降りたマ・スラオンは、リヨモに鋭い眼差しを向けた。

「ジュエランド人の喋り方じゃない。姫、逃げてください!」

 感情の籠ったあの声は、ジュエランド人のものではない。それを和都が指摘した瞬間だった。マ・スラオンはもの凄い勢いで突進し、リヨモに鉈を突き付けつけていた二体のウラームを吹っ飛ばした。そして、リヨモを押し倒して圧し掛かり、首を絞めた。

「父上……これは……?」

 リヨモは鉄を叩くような音が止まらない。スラオンの姿をしたそれは、リヨモの首を右手で絞めながら笑い声を上げていた。鈴のような音は鳴らさずに。

「お前、本当に頭がわりいんだな。解んねえなら、見せてやるよ!」

 その者はそう言って、左手を自分の胸に当てた。すると、その者の胸に金のネクタイピンのような装具が出現する。アメジストのような紫の宝石を備えた。これは、出撃前のザイガがスケイリーに渡していたものだ……。

「さあ、その嘆きをニクシム神に捧げろ!」

 その者はネクタイピンを毟り取るように外し、放り投げた。すると、その者の姿は陽炎のように揺らぎ、形を変える。
    両肩と背に濃紺の巻貝のような装具を、胸や腕に黒い鱗のような帷子を備え、顔には黒く丸い球体の眼や複雑な歯並びの横開きの口があり、眉間には腹側に鱗を備えた巻貝の金細工を埋め込んだ、人型の異形に。

「スケイリー!」

 リヨモもホウセキVもこの姿には見憶えがあり、すぐにその名が出た。マ・スラオンは偽物で、ザイガが創った装具でスケイリーが擬態していた。そのことがこの時点で判明した。こうなったら、ホウセキVも黙ってはいられない。

「今すぐ姫様を救出! 戦いますわよ!」

 伊禰はそう叫ぶと、自分の警戒するウラームの胸板に右からの掌底突き・おにあざみを叩き込んで沈めた。

 伊禰の声を受けて時雨も動き、自分に鉈を向けるウラームの腕を掴んで捻る。そのウラームの腹に和都が重い左正拳を叩き込み、このウラームを怯ませた。

 十縷もウラームの足を払って腹這いに転がすと、すぐに光里がそのウラームの背に乗り、背後から首を絞めて失神させた。

「スケイリー! 姫から離れろ!!」

 三体のウラームを沈めたホウセキVは、リヨモに圧し掛かるスケイリーに向かって走る。走りながらホウセキブレスを着けた腕を前に突き出し、変身してスケイリーに飛び掛かるつもりだったが、それを許すほど相手は甘くなかった。

「もう遅いぞ、シャイン戦隊」

 単調な声が空から響いてきたかと思うと、朱色の空をガラスのように割って巨大な黒耀石の直方体が空中に出現した。ザイガを乗せた黒のイマージュエルだ。
 ホウセキVの頭上に現れた黒のイマージュエルは、ザイガの声と共に鉄紺色の光をホウセキVに照射した。頭上からの不意打ちに対応できず、まんまとこれを浴びてしまったホウセキV。光はガラスの檻へと姿を変え、五人はこの中に閉じ込められてしまった。

「何だ? 変身できない!?」

「イマージュエルと交信できないようだな。社長とも通信できん」

    イマージュエルの力を全く引き出せず、和都が焦る。この檻には想造力を遮断する効果があるのだと、時雨はすぐに察した。

「困りましたわね。素手で叩き割れる代物でもなさそうですし……」

 伊禰がそう呟いている隣で、十縷がガラスを蹴り、爪先を傷めて騒いでいた。

「お前たちはそこで見ていろ。自分が仕えた廃れた王族の愚かな末裔が辿る末路を」

 身動きの取れなくなったホウセキVを尻目に、黒のイマージュエルから木漏れ日のような光が照射され、その中からザイガが降りて来た。
    ザイガが降りて来るとスケイリーはリヨモの上から退き、彼女の頭を掴んでザイガの方に突き出した。リヨモには抵抗する力は無く、ただ為されるがままだ。

 そしてホウセキVの一同も、無色透明の檻の中でただこの様子を見ているしかできなかった。


 先までマ・スラオンに化けていたスケイリーを縛り付けていた十字架には、リヨモが縛り付けられた。ザイガとスケイリーは、楽しそうにその様を見上げる。少し離れた場所で彼らの背を見るゲジョーの顔からは、憂鬱さが滲み出ているように思われた。

「お主の父親、世紀の悪王、マ・スラオンの罪、お主もその身で償って貰う。とくと苦しみ、ニクシム神に捧げるものを捧げ、それから死ね」

 ザイガの発言はずっとこの調子だ。磔にされたリヨモは何も答えない。代わりに、檻の中のホウセキVが反論した。

「ふざけるな、お前! 王様の何が気に食わなかったのか知らないけど、リヨモ姫は関係ないだろ!?」

 十縷がそう叫ぶ。そして光里も続く。

「ねえ、リヨモちゃんは貴方の姪なんだよね? どうして肉親を憎むの? 貴方、本当にこんなことして愉しいの?」

 これらの声はザイガたちの元に物理的には届いていたが、精神的には全く届かない。ザイガは構わず、事を進める。

「面白い物を見せてやる。マ・カ・リヨモ、よく見ろ」

 ザイガがブレスを前方に翳すと、それに備わった黒い宝石が鉄紺色の光を発する。その光は形を得て、やがてある物体へと変化するのだが……。

「何あれ!? ねえ、正気なの!?」

 それを見た途端、光里はそう言って顔を歪めた。十縷も和都も伊禰も時雨も、同じ表情になる。
    彼らの顔を歪めさせたそれは、ジュエランド人の頭部だった。それも二つ。一つはリヨモと同じ、トルコ石のような肌をしたもので、もう一つはラピスラズリのような深い青の肌をしたものだった。これらが誰の首なのかは、もう自明だ。

「お主の両親の首だ。私は興味が無かったのだが、殺刃さつじんゾウオが切って私に届けてな。折角だから、この時の為に保存しておいた」

 トルコ石=マ・スラオンの方を右手に、ラピスラズリ=マ・ゴ・ツギロの方を左に掴んだザイガは、二つの首を翳してリヨモに見せる。体からは鈴のような音が鳴りやまない。首を出しただけでも衝撃的だが、次の瞬間にザイガは更に凄い行動に出た。

「さあ、スケイリー。好きに遊べ」

 そう言ってザイガは、二つの首を上に放った。十字架に縛り付けられたリヨモの目の高さまで届くように。
   その横で、スケイリーは杖を手にする。骨貝のような装具を付けた状態で。

「しっかり見ろよぉぉ!!」

 スケイリーが半狂乱の叫びを上げると、杖から骨のような突起が何発も射出された。それらは不規則な軌跡を描きつつも、放り投げられた二人の首を目指して飛んでいく。そして、丁度リヨモの目の高さに達した時だった。突起は全て二人の首に着弾し、炸裂した。

 二人の首は砕け散り、ダイヤモンドダストのような破片が一帯に飛び散る。その破片は、リヨモの顔にもかなり当たった。ザイガとスケイリーの頭にも、降り注いでくる。破片は夕陽を反射して煌びやかに輝いていたが、喜んでいるのはザイガとスケイリーだけだった。

「気持ちわりぃな! ジュエランド人は! 何だ? このピカピカ!!」

 スケイリーは大笑いしながらマ・スラオンとマ・ゴ・ツギロを愚弄し、その隣でザイガは盛大に鈴のような音を鳴らす。その光景を眼前で見せられたリヨモも、何か音を立てていたかもしれないが、ザイガの音とスケイリーの声に阻まれて聞こえなかった。


次回へ続く!

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