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理系女と文系男/第5話;オタサーの女王

先生との顔合わせを終えた後、私たちはケイとシュー君のクラスに集まった。
元々、先生との話し合いの振り返りをする予定だったけど、内容は予定外のものになってしまった。

「ケイとシュー君、本当にあり得ないから! いきなりあんなに怒らせて、どうすんの!?」

私の声が教室を通り越し、その階全体に響き渡る。私の声は大きい、と言うよりは甲高くて反響し易かった。
私の金切り声に、ケイとシュー君は顔をしかめる。

「ごめん。徹夜したせいだ。でも、寝ないように頑張ったんだから、怒るなよ…」

シュー君は依然として欠伸をしながら、のらりくらりと回避しようとする。
そしてケイの方は、こうなると必ず口答えをしてくる。

「俺は前を見てなかっただけで、話はちゃんと聞いてたぞ。目を見て話せとか、無理だよ。俺の一番苦手なことだから」

相も変わらず、“走ってない、早歩きだ” 的な発言をするケイ。
これでも十分イラっとするが、この程度で止めるケイではない。

「って言うか、まりか。お前、パンチラ見られるの警戒してただけで、話を真剣に聞いてた訳じゃないだろ」

ケイの言っていることは的を射ていた。
なんだけど、こういう発言は本当に腹が立つ。私もついつい、口調が荒くなった。

「はぁ? 理由はなんだろうと、私は誉められた。あんたたちは怒られた。自覚して!」

と、私もいつも通り怒るんだけど、怒りながらあることに気付いた。

「ねえ。あんた、まさか私の方ばっか見てた?」

ケイの「お前はパンチラを警戒してた」の一言は、ケイが私を注視していた証拠に思えて仕方なかった。

これに対して、ケイは飄々と解答する。

「お前の方ばっかでもないよ。下も向いたし、たまにタケの方も向いたと思う。なんなら先生の方だって何度か見たハズだ」

あんたの右にいた私だけじゃなくて、左のタケ君も見てたし、下も向いてた。で、たま~に前にいる先生も見てたって?

いや、前だけ見ろって!

と、私が言うより先に、ケイは猛烈にアホなことを言った。

「だけど、見るなら綺麗なもの見たいじゃん。あの中で見るなら、断然お前だろ。お前の顔、目の保養になるからなぁ」

ケイはしみじみと語り出した。いつも通り、彼は私の容姿を誉めた。
当時の私もアホだったから、ここまでなら許していただろう。

だけど、今回のケイは蛇足となる発言をしてしまった。

「デルタ帯の隠し方も可愛かった」

最初、私は『デルタ帯』という単語がわからなかったのだけど、それに続く『隠し方』でピンと来た。

(デルタ帯の隠し方って、乙女チックなガードのこと?    こいつ、私の苦労も知らず…!)

私に対して遠慮もなく変な隠語を使い、せざるを得なかった乙女チックなガードに愚かな感情を抱いていたことに、私の怒りは爆発した。

「隠し方が可愛いとか、気持ち悪すぎ!    あんたもエロい視線、向けられてみろ!」

取り敢えず、私はケイの頭を三発叩いた。
デルタ帯の隠し方が可愛いは気持ち悪いしムカついた。制裁を加えるに十分な罪だ。

ケイは文句も言わず、無抵抗で頭を叩かれ続けた。
タケ君もケイが悪いと判断したのか私を止めなかった。シュー君は遂に睡魔との戦いに敗れて、机に突っ伏して寝ていた。


「取り敢えず、さっきの話を振り返ろう」

私がケイを叩いた後、タケ君が話題をさっきの面談の振り返りに戻した。シュー君も起こされて、この会話に参加させられた。

「とにかく文芸部ではできない、個性を出さなきゃ駄目で。で、他の部との比較しなきゃ成り立たないものでも駄目で…」

先生に言われたことをタケ君が振り返って、みんなが語り合う。タケ君は部長に相応しく、リードが上手かった。

話した内容は、シュー君が書き留める。というのも、この中で彼が一番綺麗な字を書けるからだ。睡魔と戦いながら、頑張っていた。
余談だけど、一般的な印象では女子の方が綺麗な字を書きそうなものだが、私はむしろこの中で最も字が汚いくらいだった。

私とケイは喋る係。案をいろいろと出し合った。
私の本格参戦は10月からの筈だったけど、なんかドップリ漬かる勢いで話してしまった。


かくして議論は順調に進み、再提出になった企画書も修正されていった。このまま円満にお開きの方向になりそうだったけど、私はこれで終える気は無かった。

「ちょっと最後に言いたいことがあるんだけど…」

若干、含みを持たせて、私は切り出した。男子三人は「何だ?」と首を傾げる。
私は一呼吸置いてから、まあまあ大きな声で言った。

「ケイは副部長を解任! 私が副部長やる! “人の目を見て話せない~”とか言ってる人に、副部長なんて任せられません!」

私が一番言いたかったのは、これだった。
言い出しっぺのくせに悪態で先生を怒らせ、開き直って反省すらしない。
そんな態度のケイに、私は物申さずにはいられなかった。

「先生とのやり取りは、私とタケ君でやるから! ケイはまず、相手の目を見て話す練習から始めなさい! それからシュー君は、自分のスケジュール管理をしっかりする! ダラダラしてるから、テスト前に焦ることになるの!!」

私は怒りに任せて、この二人に言うべきことを言った。
タケ君とシュー君は「そうだね」と軽くこれを流した。そして肝心のケイは…。

「そうだなぁ…。確かに交渉事は、まりかの方が俺より適任だな」

いつものように口答えせず、あっさり私の発言を呑んだ。これには私もビックリした。

「劇もあって大変だと思うけど、副部長やってくれるか?」

私は二つ返事で、「勿論」と返した。かくしてこの瞬間、私は文筆部の副部長になった。
なのだけど…。この時、ケイは謎に不敵な笑みを浮かべた。

「どうしたん?」

そう私が訊ねると、ケイはクスクス笑いながら答えた。

「いや。まりかって、副部長でもなくオタサーの姫でもなく、オタサーの女王が一番適切だよな」

何かと思えば、そんなことだった。私は「はぁ?」と苛ついた返事をしたけど、タケ君とシュー君はツボにはまったのか、めっちゃ笑っていた。

「だよな! オタサーの女王、いいじゃん!」

という経緯で、私は副部長を改め、オタサーの女王になった。
まあ、本当はそんなポジションなんか無いから、単に副部長なんだけど。


文筆部は自分たちで文を書くだけではなく、電子ではなく紙媒体の書籍の利点を推すことを理念に掲げて、活動することとなった。

書き直した企画書は私とタケ君で、顧問の先生のところに持って行った。ちゃんと了承してもらった。

かくして文筆部は設立を認められて、活動を始めることになった。
で、なんか副部長という肩書になった…というか自分でしてしまった私だけど、やっぱり劇が大変だったから、文筆部としての執筆活動は殆どできなかった。

文化祭が終わるまで、私は先生にハンコを貰いに行く人という形で、文筆部の副部長の役を務めた。顧問の先生は私に甘かったから、これで都合が良かった。

私も10月から本格的に文筆部員として活動するのだけど…。
まさか文筆部の活動が変な理由で多難になるなんて、この時は思ってもいなかった。

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